ヨワイトコロ






 後はただ、欲求の赴くままに身体を揺さぶられ、鋭い楔に身体を蹂躙され、高みへと追い上げられていく。
 それは一度で済まず、何度も何度も繰り返され、アリスは己の意識が良く飛ばないものだと、呆れたように感心した。
 それだけ、ブラッドにならされたと言う事なのだろうか。

 奥の奥まで咥えこんで、彼のカタチを掴む様に締め上げる。引き抜かれる際に腰の奥が震えるような喪失を味わい、深く付き入れられて満たされる。
 繰り返される抽送に気が狂う。

 何も見えない。

(あ・・・・・)

 弱い個所を攻め立てられて、力の抜けた脚で、それでも必死にしがみ付くアリスは、自分を追い上げるブラッドの、まるで余裕のない顔にぞくりとした。
 彼が追い詰められることなどそうそうない。
 仕事にしても、プライベートにしても。

 彼は人に弱みを見せたがらない人で、いつだって余裕で人を馬鹿にしたような態度を貫いている。
 彼の纏う威圧感も、その一つだ。

 誰も彼を追い詰めることは出来ない。

「っ」
 完璧なまでに我儘で、貪欲で、傲慢な彼が、アリスを前に追い詰められている。
 きゅん、と身体の奥底が痺れるような、甘い痛みが下腹部から競り上がり、彼女の内側を暴いていたブラッドは眉間にしわを寄せた。
「・・・・・・・・・・なんだ?」
 汗の滲んだ顔に艶やかな笑みが広がる。額に張りついた前髪が揺れ、紅い光の灯った瞳が細められた。
「急に締まったな?」
「っ!!」
 かあっとアリスの頬が更に赤くなる。既に体中赤く火照って、汗で濡れているのに、更に背中に火が灯ったように熱くなり、彼女はぎゅっと目を閉じた。
「ここが良いとか?」
「・・・・・っ」
 穿ち方が変わるが、ふるふるとアリスは首を振った。自分の弱みなど暴露したくない。特にこの男相手には、隠せる事は多いに越したことは無いのだ。
「・・・・・違う?・・・・・・・・・・」
 焦らすように腰を揺らされて、奥を抉られる。ふあ、と声が漏れる彼女に伏せて、ブラッドは震える胸をゆっくりと弄んだ。
「アリス」
 ぎゅっと目を閉じて、首を逸らす彼女の、顎の下辺りに濡れた唇を這わせた男が、骨から溶けていくような甘い声で囁く。
「あんぅ」
 びくん、とアリスの身体が震え、ブラッドは楽しそうに笑みを浮かべた。
「君が名前を呼ばれるのが好きなのは知ってるが・・・・・」
 さっきのは少し違うな?
 ぐりぐりと腰を押しつけられ、アリスの息が上がる。苦しい。
「ブラッド・・・・・」
 やめて、と泣きそうな声で訴える彼女が、そっと涙に濡れた眼差しを彼に向ける。
「〜〜〜〜っ」
 気付いた彼の碧とぶつかり、艶やかな表情に痛いくらいの疼きが走った。
「?」
 急に締め上げ、あう、と吐息を洩らすアリスに、ブラッドはいぶかしむが、目許を赤くした彼女がぱっと顔をそむけるのに気付いた。
「ん〜?」
 意地悪く笑い、男はアリスの耳に舌を這わせた。
「アリス?」
「あっ」
 気付かれただろうか。
 彼が余裕のない顔をして、アリスだけを見詰めているのが、狂おしいほど快感なのだと。
 知られてしまったら、プライドの高いこの男の事だから、きっと酷い事をされるに決まっている。
「アリス」
 溶けて行きそうな甘い声が名前を呼び、彼女の心を締め上げる。そっと視線を向ければ、目許に朱を履いた男の、細めた眼差しが色を湛えてじっと彼女に注いでいる。
「ああっ」
 腰が浮きそうになる、甘すぎる疼痛に身を捩る。
「なるほど」
 逃れたいのに逃れられない。追い詰めている筈が、追い詰められていく。
 再び激しく抽送を再開し、濡れた音が立ち始めた。身体のぶつかる音に混じって、アリスの悲鳴の様な嬌声が漏れていく。

「アリス・・・・・目を開けて」
「や・・・・・あんっ」
「こっちをみなさい」
「やあっ・・・・・あっあっ・・・・・んあっぅ」
 いくらか身体を離した男が、固い指先でアリスの頬を撫でる。襲いかかってくるような快感の波を逃そうと、必死に首を振るが、固定されて動けない。懇願するように目を開ければ、微かに奥歯を噛みしめて、アリスの身体を貪るブラッドに突き当たり、耐えられない疼きに巻き込まれてしまった。
「ああああっ」
「アリス」
 酷く色っぽく、でもどこにも気だるさを感じさせない彼の表情と、ぱたっと落ちてくる汗にアリスは狂って行く。

 喘ぎっぱなしの艶やかな唇は濡れ、零れた涙が散る。縋るものを求めて、シーツを離したアリスの手がブラッドの肩に爪を立てた。
 頬に髪がまとわりつき、濡れた肌が艶めく。ひっきりなしに漏れる嬌声を、唇を噛んで耐えようとして、一際大きく突かれて叫ぶ。
(も・・・・・だめ・・・・・)
 紅く染まった頬のまま、アリスはもう一度だけとブラッドを見上げた。彼の碧の瞳にある、まるで余裕のない色に、唇が喘ぐ。
「っ!?」

 普段決して見られないような、アリスの溶けそうなくらい幸せそうな顔に、ブラッドはぞくん、と腰から競り上がった衝撃に抑制が利かなかった。

「アリスっ」
「?」

 脚を広げたまま、彼の肩にしがみついていた彼女は、後一歩、という所で急にとまった行為に躊躇する。それと同時に、身体の中に納めているモノが喘ぐように震えるのを感じて、きょとんとした。
「っあ」
 先程までの抉られる快感とはまた別の、緩やかで甘い震えにふるっと自身の身体を震わせて、アリスは目を閉じた。全身が痺れるような快楽は無いが、心地良い。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 僅かに残っている不満はこのさいどうでも良いと、アリスは深く息を付きながらぼうっと考えた。
 それよりも、自分が彼を陥落させた事の方が嬉しかった。
「・・・・・・・・・・ブラッド」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 彼はしっかりとアリスを抱きしめている。ただし、その顔は彼女の首筋に埋められて表情は見えなくなってしまった。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 なんとなく、硬度が失われるのを感じ、アリスは再度瞬くと、そーっと手を伸ばして彼の髪に触れた。
「ブラッド?」
 喘ぎ過ぎた所為で、やや掠れた彼女の声が耳を打ち、びくりとブラッドの肩が震える。
「・・・・・・・・・・・・・・・君と言う女は本当に・・・・・」
 やがて、低い低い・・・・・低すぎる声が告げ、アリスはどきりとした。のろのろと顔を上げた男は、普段とは全く違う、マフィアのボスとは程遠い口惜しそうな顔でアリスを見下ろしていた。
 間の悪そうな、とも言う。
「・・・・・・・・・・なに・・・・・よ?」
 眉間に皺を寄せて問いただすアリスに、男はふいっと視線を逸らした。
「こんな屈辱あるか!」
「・・・・・・・・・・そう?」
 語気の荒いブラッドに、むっとしてアリスが言い返せば、彼は「君は私のプライドをどこまで粉々にしたら気が済むんだ!」と睨まれる。
「プライド?」
「君に逃げられ、八方手を尽くしてあそこまで行く段取りを組んで、連れ戻そうとすれば君は素直に従わない。散々口説いてみっともなく愛を叫んで、連れ戻したら連れ戻したで、このざまだ」
 君は私をどういう男だと思ってるんだ!?

 深い碧の瞳に睨まれて、アリスはうろたえる。そう言われても、困るだけだ。

「どうって・・・・・・・・・・・・・・・」
 視線を逸らして、頬を染めるアリスに、ブラッドは手を伸ばす。がしっと両頬を掴まれて覗きこまれ、目を丸くする彼女は「君は満足してないだろう?」と凄まれた。
「え?・・・・・いやあの・・・・・もうべつに・・・・・」
「いいや、満足していない」
 断言されて困る。

 確かに、彼に与えられる絶頂はトンデモナイ。意識を失ってしまう場合もある。だが、今のは今ので嬉しかった。
 じわっと温かかったというか、なんというか。

「い、いいの、私は。その・・・・・気を失って落ちるのもあんまり」
 きゃあ!?

 なんとか言い訳しようとするアリスを、ブラッドは問答無用でうつ伏せに転がした。濡れた秘所から自分の楔を引き抜き、零れた欲望の証に眉を寄せる。
 モノ欲しそうに震えているそこに、ブラッドは酷薄な笑みを浮かべるとアリスに覆いかぶさった。
「え!?ちょ・・・・・ヤダ!!」
 この体制は好きじゃない。顔が見えないし、愛されてる気がしない。何より恥ずかしい。
「君はまだ、物足りないだろう?」
「そ、そんなことないわよ!?満足して・・・・・あっ」
 いやいやと首を振るアリスの態度に、嗜虐心が湧きあがる。たった今吐き出したばかりなのに、もう起立を始める楔を、ゆっくりと彼女の秘所に馴染ませると、アリスの喉が声を上げる。
「いいや、絶対物足りない筈だ」
「そんなこと・・・・・な」
 目尻に涙をにじませる彼女が、頬を染めて振り返る。懇願するようなその表情にぞくりと背筋が粟立ち、ブラッドはなんとしても啼かせてやる、と酷く愉しそうに笑みを浮かべた。
「存分に・・・・・飲ませてやろう」
「ち、ちが・・・・・ちょ・・・・・ああんっ」

 押しこまれた熱量と硬度、質量にアリスは綺麗な背中を弓なりにしならせた。




(2011/07/04)