狂気も理性もあなたの為に
執拗に肌に落される唇は甘く、触れる手は何度もアリスを責め上げる。柔らかな胸のふくらみを、甘美な疼きでいっぱいになるほど揉みしだかれ、指先の辿る軌跡に身体の奥が熱くなる。
(変になる・・・・・)
ブラッドの手や唇は、アリスの弱い所を全部知っていて、そこを責めては彼女を弱らせていくのだ。
卑怯な手段。
碌な抵抗も出来ない小娘相手に、何故そこまでするのか。
マフィアのボスであるブラッドが、どんな女性を相手にしたのか、アリスはなんとなく知っていた。
多分、恐らく、絶対、アリスとは真逆の女性だ。初めてこの屋敷の前にやってきたアリスを、余所者と見抜いて助けたブラッドに、エリオットは「アンタの好みってこんなんだっけ?」といぶかしむ様に訪ねていたことから明らかだ。
最近女っ気なかったもんなぁ、なんて納得していたエリオットにその時は気付かなかったが、今思い返して、アリスの胸が痛んだ。
つまりはそういうこと。
女っ気が無い所に、珍しい余所者が来たから。
ブラッドがアリスに執着するのは、そういうことだ。
そういうことだった筈なのだ。
(やめてっ)
優しくして欲しいと望んだのに、今では乱暴にしてくれた方がましだと思っている。でも、そんな感情も、擽るように耳元に舌を這わされ、低い声で名前を呼ばれた瞬間に瓦解してしまっていた。
アリスは彼に蹂躙されすぎた。彼を受け入れすぎた。
抵抗するにはもう、嫌がる理由が見つからない。
あるとすれば、アリスのプライドだけだ。
「ブラッド・・・・・」
掠れた声で、応えるように名を呼べば、ふっと嬉しそうに笑った彼が目に飛び込んでくる。アリスのささやかな膨らみを丹念に愛撫していた掌が持ちあがり、頬を撫でた。
かあっと熱がこみ上げて、視線を逸らしたくなる。でも、魅入られたようにその碧に囚われて、アリスは動けなくなった。
「君は本当に・・・・・嫌なオンナだな」
くっと喉の奥で笑う様に囁かれ、頬に上った血が、一気に下に落ちるような気分に陥いる。
「そんな風に男の名を呼ぶのに・・・・・君からはめったに哀願するような言葉を聞けない」
どんなに手を尽くしても、自分の技量が足りないのかと思ってしまうだろ?
瞬間、嫌われたのかと竦んだ身体に、血が逆流するのを覚え、アリスは再び、先ほどよりもなお一層熱くなった。
「ち、違」
「おや、満足してくれてるのかな?」
「違う!」
「じゃあ、もっと頑張らないと駄目と言う事かな」
わざとらしく溜息を吐かれ、アリスは真っ赤になったまま青ざめるという、奇妙な感覚を覚えた。
アリスの身体は、彼の丹念過ぎる愛撫の所為で、飽和状態だった。決定打が欲しくて身体の奥がうねっている。
それでも、それを懇願するような真似を、アリスは出来ない。
アリスを愛しそうに見下ろしたまま、ブラッドは己の指先で、彼女の白い肌を辿っていく。胸の頂きを掠め、膨らみの下を撫で、へその辺りをくるっと撫でると、ゆっくりと彼女の温かくて湿った場所へと伸ばしていく。
「っ」
足の奥の柔らかな部分を撫でて、濡れた音を立てて指が滑りこんだ。アリスの身体がびくりと震えるのを見てから、ブラッドは彼女の膝裏に手を差し入れた。
「あ」
「たまには素直になったらどうだ?」
ここは、随分素直だがね。
笑みを含んだ調子で言われて、アリスの身体が羞恥に震える。押し開かれた足の奥で、十分に潤っている秘所に、ブラッドがつっと指を滑らせていく。探り当てた花芽をぐりっと押すと、溜めこまれた快楽が、零れ落ちそうになる。
身体を震わせるアリスの反応に目を細め、彼は濡れた音を立てて秘裂を愛撫し始めた。
「やめ・・・・・ああっ」
ぐらぐらと視界が揺れる。ちかちかと明滅する何かを感じ、アリスは必死に嬌声を飲み込もうとするが、彼の前では無駄だった。
「たまには君から強請られたい」
ちゅっと音を立てて、蜜口にキスをするブラッドに、アリスは一際高い声を上げた。
駄目駄目駄目駄目。
それ以上されたらいってしまう。
いきたいのに、いきたくない。
「ブラッド・・・・・」
切ない声が懇願するような響きを帯びる。卑猥な音を立ててキスを繰り返していた男は、腰の動く彼女に目を細めて、ゆっくりと中指を押し込んだ。
「あ・・・・・ああっあ」
待ち望んだ快楽の筈が、物足りない。
身体は震え、快感に喉が震えるが、目も眩むようなそれには程遠い。
差し込まれた指で膣内を掻きまわされ、とろとろと愛液が零れ落ちる。だが、アリスの識る深い所まで届かない。
焦れたように腰を揺するアリスに、ブラッドは愉しそうに笑った。
「物足りないのかな?」
ぐりっと感じる部分を圧迫されて、喘ぎ声がアリスの口から零れ落ちた。だが、まだ足りない。
「ひゃあっ・・・・・んっんっ・・・・・ブラッド・・・・・」
くすりと笑う男にハートが震える。
壊されたい。乞われたい。この人を狂わせたい。この人に狂いたい。
ぽろっと涙が零れ、アリスは膨らんだ己の欲求に不安になった。
ああ、こんなのは本当の私じゃない筈なのに、でもどうしても欲しくなる。だが今、この欲求は、熱に浮かされた一瞬の事で、彼から与えられる快楽におぼれていて、どう考えても正気じゃない。
朝起きれば、絶対に後悔する。それが判っているのに、どうしても欲しい想いが止まらない。
それが怖い。
「ブラッド・・・・・」
吐息と喘ぎの合間に呟かれた彼の名前は、涙にぬれていて、彼女の翡翠の瞳に恐怖と快楽、理性と欲望が戦っているのが見えた。
それに更に、ブラッドの身体が熱くなる。
確かに色んな女を抱いてきたが、ここまで心をかき乱される存在は初めてだった。余所者と言う事を抜きにしても。
いくら抱いても、壊れるくらいに攻め立てても、彼女はこういう行為に一向に慣れない。
悪態を吐くし、冷めたような台詞を吐く癖に、身体を開かせれば怯えて、縋る様な眼差しで、自分が落ちるのを必死にこらえる。
それは一種の頑なさに似ていた。
全部を誰かにさらけ出すのが苦手で。
そうするくらいならと、ここを捨てて逃げ出してしまう。
丹念に丹念に愛撫を施して、気が狂いそうなほど、すすり泣くほど攻め立てて、そしてようやく彼女は甘い声でブラッドの名前を呼ぶ。
懇願するように、ぎこちなくその両腕を差し出してくる。
彼女は気付いていないのだろうが、それがアリスの陥落した相図だった。
ぎゅっと抱きつかれて、ようやくブラッドはアリスの中に己を埋め込むのだ。
それも、最近気付いた事だ。
彼女には散々しつこいだの何だの言われるが、焦って強引に彼女を押し開けば、ただただ彼女は拒絶するか、自分に合わせるだけでちっとも楽しくない。
ブラッドはもっと彼女を狂わせたいのだ。
自分しか居ないのだと言わせたくて仕様がない。
彼女を傍に置いて、一生閉じ込めておけるのなら、何を捨てても構わない。
他の男に奪われて、組み伏せられ、永遠と喘がされた挙句、孕ませられた姿など見たくも無いし、彼女にそのような真似を強いた男を、簡単に死なせはしない。とことんまで地獄を見せてやる。
例え、異世界であろうとも。
(もう少し・・・・・)
震える声で名前を呼ぶ彼女に口付けて、熱っぽく舌を絡める。ブラッド自身、自制するのが辛いくらいに、欲求が膨らんでいる。
それでも根気よく彼女を溶かす自分に、呆れてしまう。
他の女には、自分の欲を押しつけるだけだったのに、彼女にはどうしても気持ち良くなってもらいたくて仕方ないのだ。
「アリス」
ブラッドの低い声が、アリスの身体を侵していく。
どうしよう。
見下ろすブラッドの瞳が、自分で一杯で、アリスで欲情しているようにしか見えない。声も、アリスの名前しか呼ばない。懇願するように、宥めるように。彼が今、一番に考えているのはアリスなのだと知るこの瞬間が、アリスは好きだった。
自然と手を伸ばす。
心の底から、彼が自分を求めているのだと、そう信じたくて。ただの小娘でしかないアリスを、求めているのだと知りたくて。
そうしておずおずと伸ばしたその手を一度も、ブラッドは拒絶した事は無い。
狂おしいほど強く抱きしめられる。
胸が一杯になる。
夢でも幻でも嘘でも構わない。
限界まで開かれた足の奥に、熱いものが押しあてられて、アリスは自分の身体を押し開いて貫く感触に喉の奥から、艶やかな悲鳴を上げた。
(2011/06/24)