オチソウナヨル
アイシテトサケブ








 私を抱く、コノヒトは誰だろう。



「っ」

 飛び起きて、アリスは辺りを見渡した。そこは通い慣れた屋敷の主の部屋ではなかった。
 与えられている自分の部屋。

 ベッドに座りこんだまま、深く溜息を吐くと、アリスは寝乱れた髪を後ろに払った。

 嫌な夢を見た。


 跪いて、後ろから犯される夢。
 相手が誰なのか、アリスは何度も後ろを向いて確かめようとするのだが、その度に、伸びてくる手に阻止される。

 触れる手は優しかったが、強引で、有無を言わさなかった。突き上げる律動も同じく。
 アリスの身体から快楽を引きずり出して、何も考えられなくなる。

 ただ、相手が誰なのかが気になって仕方なかった。


 ブラッドなのか。
 先生なのか。


「・・・・・・・・・・っ」

 ぎゅっと毛布を握りしめて、アリスは立てた膝に顔を埋めた。じわりと涙が滲んでくる。

 触れる手も、微かに漏れると息も、首筋に掛る彼の前髪も。
 記憶の中のそれと同じなのに、名を呼んでもらわなければ、何かを告げてもらわなければ、判別がつかないとは。

 先生なのか。
 ブラッドなのか。

 ふる、と身体が震えて、アリスは自身を抱きしめるともう一度ベッドに横になった。





 正面から抱かれる。
 繰り返される口付け。胸元で遊ぶ掌。脚を持ち上げられ、そこここにキスされて、濡れて溶けた秘所に、差し込まれる指。
 身体を開くように促され、思考が甘く、どろどろに濁っていく。

 舌先が、アリスの首筋を舐めて、欲望の滲んだ碧の眼差しに、濡れたアリスが映った。

 さあ、どっち。

 ぐちゅ、と溶けた部分が卑猥な音を立てて、熱い塊が押しつけられる。
 楔が打ち込まれる前に、覗き込んだ男の眼差しが、酷く優しくて、アリスは混乱した。

 さあ、どっちだ?




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 まさか、正常位ですら、見分けがつかないとは。

 再びまどろんで見た夢で、「後ろからだったから判らなかった」と自分に妙な言い訳をしていたのだが、真正面から抱かれても、名前を呼べないくらい躊躇するとは、一体どういう事だろう。

 ブラッドの言うとおり、私は彼に先生を重ねているのだろうか。

(別れたのに・・・・・)

 抱かれたかったのは、彼だ。
 あの頃に戻って、彼とブラッドが一緒にいたなら、アリスは迷わず先生の手を取ったと思う。

 ブラッドのように、気まぐれで我儘で、人を壊すことに暇つぶしを見出すような男なんか、絶対に選ばない。

(・・・・・・・・・・なのになぜ抱かれるの?)

 アリスは本を手にブラッドの部屋にいた。彼は仕事が有るらしく外出中で、そこはいつも以上にひっそりとしていた。
 借りた本を早々に返し、新しいのを借りようと本棚を眺めている。だが、視線は時々、紅いソファへと飛んだ。


(そうだ・・・・・ソファ・・・・・)

 ソファで抱かれているのなら、相手はブラッドなのだろう。
 ブラッドが、アリスをベッドに連れて行くことはない。

 それが、酷く口惜しくて、アリスは前に一度「ソファが好きなのか」と尋ねたことが有った。

 家具にこだわりなどない、と答えた男は、落ちそうになると言うアリスに、「縋れ」とだけ答えた。

 頼れ、と。

(・・・・・・・・・・冗談じゃない)
 きゅっと唇を噛んで、アリスは視線を本棚に戻した。

 縋ったり頼ったり、泣いて慰めてと懇願するのは、キャラじゃないし、それに。
(そんなの・・・・・唯の重たい・・・・・馬鹿な女のすることよ)
 きっぱりと決めつけて、アリスは一冊本を取り上げた。

 持ってソファに戻ると、腰を下ろしたそこに目を細めた。

 二回も続けて見た、淫らな夢。

 思い出して、首まで赤くなりながら、アリスは行為の最中に見た景色を思い出そうとする。
 紅いソファだったような気がするし、白いシーツだった気もする。

 ただ薄暗かったのだけは共通していた。

 あれは先生だったのか。
 ブラッドだったのか。

(どっちでも・・・・・)
 いい。

 そう思いきって、本を開こうとして、アリスはどきりとした。


 ぎゅ、と心臓が痛んだのだ。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 どっちでもいい?
 どうして?

 私は先生が良かったんじゃないの?

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 かあっと頬が熱くなり、うろたえてアリスはソファから立ち上がった。夢で見る行為。実際とは違うそれ。アリスの望みなのだとしたら、もちろんそれは先生で有るはずなのだ。
 なのに、どうして自分は「どっちでもいい」と断じている?


 必死に、自分を抱くのが誰かを知ろうとした。

 誰なら、良かった?
 誰なら。


 ぼうっとソファに座りこみ、混乱する頭を必死に整理していると、不意にドアが開き、この屋敷の主が戻ってきた。
 首をめぐらせると、少し驚いたように、その碧の眼差しを見開いた男と目が有った。

「ああ・・・・・来ていたのか」
「お帰りなさい、ブラッド」

 告げると、まっすぐに男はアリスの方に向かって歩いてくる。そのまま、隣に腰を下ろすと当然のように、彼女に口付けた。
 ふわりと血と硝煙の臭いがする。

 ただ、重ねられるだけのキス。
 ちゅっと音を立てて離れる彼を目で追い、アリスは己を見返すブラッドを見詰めた。

「アリス?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 似ていない。
 外見は不気味なほどそっくりなのに、内面は全然違う。
 知っている。
 知っているのに・・・・。

 何故判らない?

 不機嫌そうに黙り込むアリスに、ブラッドはもう一度口付けた。何度も何度も、触れるだけのそれを繰り返す。
 目尻や頬、首筋にまで口付けを繰り返し、頤を捕えて深く口付ければ、吐息を漏らした彼女をその腕に抱え込んだ。

「なんだ?随分と、ご機嫌斜めじゃないか?」
 くすっと笑って告げられ、緩やかに押し倒される。

 先生の前では、気に入られようと可愛い女を一生懸命演じていた。
 良い子で・・・・・大事にされるように。
 無理があるのは承知で。
 懐いても居た。

「アリス?」
 見上げる男には、媚びを売ろうとも思わない。
 代わりに、可愛い女を演じる必要もなかった。

 懐く振りも、要らない。

 そもそも、恋人同士でもないのだ。

「何を考えている?」
 不機嫌そうな声が降ってきて、アリスははっと我に返った。

 ブラッドが彼と違う事が嬉しい事に気付いて、その事に安堵していた。だが、そんなアリスの複雑な心境など、この男には通じないだろう。
 不愉快だ、と全身で訴えられて、アリスはぐっとブラッドの胸を押した。

「貴方が私を抱きたがる理由を考えていたのよ」
「言わなかったかな?私は君が欲しいんだと」
「言ったでしょう?これ以上何が欲しいって言うの」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 すっと細められた碧の瞳に射抜かれる。ぞくっと背筋が震え、アリスは彼から急いで目をそむけた。

「私に似た、家庭教師とやらはよっぽど君の好みだったようだな」
「え?」

 そんなことは、一言だって言ってない。

「今だって、その男を思っている」
 違うか?
 心の奥底を見透かすように言われて、アリスは口を噤んだ。

 先生を想っている?
 今だって?

 ・・・・・・・・・・どうだろう。


 不意に、見た夢が脳裏をよぎり、アリスの顔が耳まで赤くなる。
 あれが、もし先生だったら。

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・馬鹿みたいね)

「やはり・・・・・君はその男が好きなようだな」
(・・・・・・・・・・馬鹿みたい。あれは全部・・・・・)
「どうなんだ?」

 あれは全部アリスの夢。アリスの知っていることしか反映されない夢。

 それならば。
 あんな風に触れてくれたのは、キスしてくれたのは、身体に楔が打ち込まれて、ばらばらになりそうなくらい深く深く求められて突かれ、声を上げて善がるしかなかったのは。

「ブラッドに決まってる」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 微かに目を見張るマフィアのボスを見上げて、アリスはふっと小さく笑った。

「私は、貴方に縋らないし、媚びも売らない。頼らないわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 宣言するように言われて、明らかにブラッドの機嫌が低下する。
「イカレタ教師には、したのにか?」
「だから、貴方にはしないの」

 言い切れる自分が、多少なりとも嬉しかった。

 だが、ブラッドにとっては面白くない宣言でしかなかった。


 まるで。
 まるで、前の男とお前は違うのだと言われたような、感覚。

 彼との思い出を、大事に取っておきたいのと、そんな風な戯言を、目の前で言われたような感覚。


 ああ、そうか。


 ちらりと、瞳の奥に紅い物を灯しながら、ブラッドは乱暴にアリスの顎を掴んだ。

「っ」
 苦しげに眉が寄る。睨みつけるアリスを正面から見据えながら、ブラッドはその唇に舌を這わせる。びく、と震える彼女を押さえつけて、頑なに、拒むように噤まれた唇を執拗に攻めた。

 喉を指先で押すと、締められるかもしれないという恐怖から、アリスの口がわずかに開く。逃さず、ブラッドは喰いつくように唇を塞いだ。

 逃げる舌を追いかけて蹂躙する。苦しそうなうめき声も、吐息も、全部奪い尽くす。
 このまま、キスで死んでしまうのならそれでもいいとさえ、思った。

「君は、まだその男が大事みたいだが」
「っ・・・・・はっ」
 げほげほとむせる彼女の衣服を、乱暴に剥いでいく。引きちぎるように、掴んで引っ張ったエプロンを、床に落とし、胸元のボタンも構わず引き裂いた。
「っ」
 睨みつける翡翠の瞳を見下ろしたまま、ブラッドは口の端をゆがめた。
「君がここで、こんな目に有っていると言うのに、助けにも来ないな」
「それは」
「無能な男だな」

 く、と喉の奥で笑いながら、アリスの胸元に唇を寄せた。胸のふくらみと頂きを甘噛みされて、アリスの喉から甘い声が漏れた。両手で下から持ち上げるようにして揉めば、柔らかな塊が形を変え、その肌がブラッドの掌に吸いついてくる。固くなる頂きを、愛撫しながら徐々に手を下にやる。
 ずるっと脱がされた衣服。
 現れる白い肌。
 脇腹から腹へと指を滑らせ、ゆっくりと撫でていく。

「やっ」
 首を振るアリスに、ブラッドは目を細めた。

「似ているだけの男に抱かれるのは、堪らなく嫌か?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 嫌じゃないと、前に答えた筈だ。

 涙目で見詰めれば「ああ、君は不感症で、淫乱だったか」と酷い台詞を返された。かっと頭に血が上る。暴れるように足を動かせば、難なく掴み取られて、苛立たしく膝を割られて、思い切り押し開かれた。

「んぁっ」
 大分濡れていたそこに、口付けが落ちてくる。舌先で花芽をこすられて、潤い、開きかかっていた花芯の入口に指を当てられた。浅くこすられ、身体が震える。
「こんなに濡れて、求めるなんて・・・・・君もどうかしている」
「あっ・・・・・ああっ」
 指に代わって舌が這う。ぐちゅぐちゃと音がして、アリスは耳を塞ぎたくなった。

 先生の事を重ねて、濡れているわけじゃない。

 自分をこんな風にしたのは、他でもない、ブラッドなのだ。

(先生を重ねた・・・・・)
 自慰なんかじゃない。

 ぽろっと涙がこぼれて、アリスはどうしようもない気持ちになった。

 何故だろう。
 どうしてだろう。

 先生と違うと言っても、彼には通じない。
 なら、同じだと言えばいい?
 貴方に抱かれながら、ホントは先生に抱かれているのを夢想しているのだと。

 そう言えば、満足なのだろうか。

「アリス」
「あっ・・・・・はっ・・・・・ああん」
 びくん、と身体が震え予期せず脳裏が白くなる。

 震えて、力の抜けるアリスの身体を眺めた後、ブラッドが笑みを敷いた。

「アリス」
 閉じていた目許を撫でられて、そっとアリスが目を開いた。マフィアのボスが、嗤ってアリスを見下ろしていた。
 ぞくっと背筋が震える、怖い微笑み。

「―――っ」

 ぐちゅ、と指が押し込まれ、達したばかりのアリスの身体に、それは痛みにも似た衝撃になる。

「ああああっ」

 ずり上がる彼女の身体を抑え、彼女の膣内をかき乱す。濡れた音がして、内側からじわりじわりと蜜が滲んでくる。
 溢れるそれを、掬いあげるようにしながら、ブラッドは持ち上げた脚の、太ももにキスを落とした。

「あんっ・・・・・だ、めっ」
 白い、人目に触れることのないそこに、ブラッドの刻んだ紅が咲く。
「いいか?アリス・・・・・残念ながら、君のここに触れているのは私だ」
「はっ・・・・・んっう・・・・・」
「こんなに君を溶かしているのも、中に咥えこんでいるのも、君の愛しい人じゃない」
「っ・・・・・あんっ・・・・・あああ」
「君を、そんな声で啼かせているのは私なんだよ?」
 なあ、アリス。

 くすくすと、嗤うブラッド。嫌な言い回し。
 喘ぐ声が抑えられない。教え込まれ、探られ、与えられる快楽に、震える。

 アリスの身体は、アリスが知る以上にブラッドが知っている。

「なあ」
 太ももの内側に、いくつもの花が散り、薄い腹にも、痕がついて行く。

 止まらない指先は、どろどろに濡れて、彼女はこみ上げてくる熱に翻弄されて、高く啼いた。

 指だけでイかされ、引き抜かれる感触に震える。ちかり、と脳裏に火花が散り、微かな物足りなさが胸を覆った。

「あっ・・・・・はっ・・・・・あ」
 荒い呼吸を繰り返す彼女の、ブラッドを見上げる瞳の奥に、揺れた淫らな意思を見つけて、ブラッドは意地悪く笑んだ。
「なんだ?・・・・・物足りない、という顔をしてるな?」
 私は君の思い人じゃないぞ?アリス。

 くっく、と笑いながら、ブラッドはアリスに伏せった。深く深く口付ける。今度は、舌は逃げずに、ブラッドのキスに緩やかに答えていく。

「素直だな?」
 指が頬を撫で、舌を絡めながら、ブラッドは落ちていた彼女の膝裏を持ち上げて、押さえ込んだ。
「所詮・・・・・君も、女と言う事か」

 違うわ。

 溢れて止まらない秘所に、押し付けられた、ブラッド自身。それを感じて、これから与えられる事への期待から身体が疼く。
 でも、これは誰でも良いと言うわけじゃない。

「欲しいんだろう?」
 なら、強請ってみろ。

 入口辺りをこすられれ、アリスの呼吸が乱れる。甘い吐息が漏れ、焦らされる感触に腰が揺れた。

「ナニが欲しいんだ?」
 どうして欲しい?

 いたぶるような視線。

 こんな行為に、何の意味もないと。暇つぶしだと、言っていたのに。

(私にばかり・・・・・意味を求めさせるなんて・・・・・卑怯だわ・・・・・)

 足を開かされ、身体を溶かされ、甘く疼くような感触を知ってしまった。
 教えたのは、この男。

 他の誰でもない、ブラッド=デュプレと言う男。

(ああ・・・・・)

 涙で視界がかすんだ。とめどなく、溢れていく。

「・・・・・・・・・・・・・・い」
「ん?」

 温かな舌が、アリスの頬を舐め、零れる涙をぬぐう。両頬を掌で包まれて、キスが落ちる。

「貴方が・・・・・欲しい・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 貴方が欲しい。

 どうしたら、貴方は私のモノになる?

 貴方は私に言うわ。
 私が先生を永遠に愛していると。
 貴方に抱かれるのは、先生を重ねた、単なる自慰だと。

 でも違う。

 そうじゃない。


 抱かれた夢。
 必死に後ろを振り返り、相手を確かめようとしたのは。

(ブラッドじゃなきゃ、嫌だから・・・・・)

 ブラッドが欲しい。
 貴方が欲しい。

 私をこんなにした癖に、貴方は私を暇つぶしの道具としか見てくれない。

「お願い・・・・・」

 手を伸ばすアリスに、ブラッドが目を見張った。ごくん、と喉が鳴る。触れる彼女の指先は熱く、赤く火照っていた。

「お願いっ・・・・・挿入れて・・・・・壊して・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 それは、誰に言う言葉だ?

「お願い、ブラッドっ・・・・・」
 貴方じゃなきゃ、感じないの・・・・・っ


 必死に言われた台詞に、ぎりぎりで保っていた余裕が崩れるのを、男は感じた。

「なら・・・・・望み通りにしてやろう」
「あああああっ」

 ずっと身体の奥に響く。隙間を埋めていく質量に、アリスの白い喉がのけ反った。かくかくと震える身体。ゆっくりと飲み込むそれを、ブラッドは時間を掛けて引き抜き、同じような速度で押し込んだ。

 焦らすような行為。それに、アリスの膣内が震える。

「やあっ・・・・・あっ・・・・・ああっ」
 もっと。

 薄く開かれた翡翠の眼差しが、甘ったるく訴える。

「もっと?」
 こうか?

 浅い場所を、何度も攻められて、物足りない。ふるふると首を振る彼女の唇から零れた唾液が、声にならないアリスの声を、艶めかしく彩った。

「ちがっ・・・・・もっと・・・・・深く」
「ふうん?」

 では、こうだな?

「ひゃあっ・・・・・ああああ!?」
 びくびく、とアリスの脚が震え、持ち上げ、圧し掛かったブラッドが奥まで己を突きいれる。ぎゅっと両手を握りしめる彼女の手を取り、ブラッドは足を抱え込んだまま抜き差しを繰り返した。
 喘ぎ声と、身体のぶつかる音。体液の混じる音が響き、二人の思考を濁らせていく。

 今ここで、思うのは誰?

「アリスっ」
 絶えず声を上げる彼女の唇に噛みつき、押さえつけた手を己の首に導いた。
「アリス・・・・・」
 キスの合間に告げられる己の名前が、熱っぽく切なく、自分のモノに思えない。

 それでも、アリスは泣きそうな顔で、ブラッドの首に縋りついた。


 縋るつもりなんかない。
 媚びたくもない。

 なのに、今のアリスは、ブラッドに縋りつき、彼を得ようと躍起になっている。


 そう、したいから。


(そうね・・・・・)

 今の私は素直だわ。

「ブラッドっ・・・・・私っ・・・・・も」
 駄目ぇっ

 ふあ、と喉の奥から吐息が漏れ、ブラッドが薄く笑った。

 喉に噛みつかれる。

「んっ・・・・・ぅあ」
 痕が残る。

 見える場所に、痕が。

「君は・・・・・私のモノだ」
「あっあっあ・・・・・ああんっ―――」

 切羽詰まった声で言われ、追い立てられて、引き上げられた感覚の果てに、アリスはしっかりとブラッドの背中に爪を立てた。
 痕が、残ればいいと。









 代わりにされるのはごめんだ。
 誰かを、重ねられるのなどもってのほか。

 それが、愛しい女の元の恋人だなどと、趣味が悪いにもほどが有る。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 腕の中で堕ちている女を、緩く抱擁したまま、ブラッドはその額に唇を寄せた。

 気付いたことが有る。

 自分は彼女を欲していた。彼女の全てが欲しかった。
 それは、彼女を支配出来れば、それで終わりなのだと思っていたが。

(まさか・・・・・)
 彼女の過去まで手に入れたいと願うとは。

 自分も随分堕ちたものだと、自嘲気味に男は哂った。


 彼女が、良い子を「演じた」という。その人に気に入られたい為に。媚びを売って懐いていた。

 他の男に向けた顔。
 自分の知らない、アリスの顔。

 それが欲しい。

 彼女を弄んで捨てた男が知っているモノを、自分が知らないとは反吐が出る。
 殺そうにも、異世界の相手では無理だ。

 腹が立つ。

 自分は、アリスの「全て」が欲しいのに。

 ち、と舌打ちし、ブラッドは腕の中の女を、ぎゅっと抱きしめた。




 抱きしめられて、目が覚める。

「ブラッド・・・・・?」
 彼の長い前髪が、頬に当たっている。

 彼は何も言わない。ただ、アリスを抱きしめて離さない。

 アリスも、何も言えなかった。


 私は貴方に抱かれているのに。
 貴方だから、抱かれているのに。

(ブラッド・・・・・)

 じわりと涙が滲み、切なくてアリスの胸が痛んだ。

 この人はきっと、アリスの気持ちに気付けば飽きてしまうだろう。
 いつかは終わる関係。

 ブラッドが飽きるか、アリスが帰るか。

 別離しか用意されていない、関係。

(ブラッド・・・・・)

 だから、通じ合わない方が良いのに、どうして泣きたくなるのだろう。




 あなたがほしい。



 それなのに、霧の中で迷路に迷う。
 隣をすれ違うのに、出会えない。

 腕の中で、思いは同じなのに、すれ違う二人は、気付かない。


 互いの手が、離れたくないと、相手に絡んでいる事に。



























 というわけで、霧シリーズ(笑)これで終了です><

 お互い思い有ってるのにすれ違い続けるのがハトアリのブラアリかなぁ、と思いまして(笑)
 こんな感じです。

 ハートのEv06〜Ev10くらいまでの補完っぽいものだと・・・・・思っていただけると幸いかなぁ、なんて。

 この後、アリスの「ベッドじゃなきゃ愛されてる気がしない」発言へと続く感じだと思っといてください(笑)


 ここまで、微妙な連載でしたがお付き合い頂きまして、ありがとうございましたvv