〜ナグサメラレナイヨル〜





 幸せなんか、滑りこむ余地がない気がした。



 嫌悪はない。焦りもない。不快感もなく、触れられれば熱を持つ身体が嫌になる。

 おかされたことなどない。
 そもそも、こんな風に組み敷かれて、自分の物とは思えない声を引きずり出されることなんか、経験したことが無い。
 だから、比べられないし、知らない。



 好きでもない人間に抱かれて、善がっている自分は一体なんなのか。


(想像でしか考えられないケド・・・・・)


 淫乱、という単語にぶち当たり、不感症の次はそれかと頭を抱えたくなる。


 その二つの単語の内、どちらかがアリスの本性だと言うのならば、不感症の方がまだいい。

 何をされても感じない。

 快楽も、悦楽も、享楽も。
 苦痛も、悲痛も、激痛も。

 感じない、のならそっちの方がまだましだ。


 だが、アリスは男から与えられる熱に翻弄されて、声を上げまいと唇をかみしめるくらいには、感じている。
 抱かれるたびに、胸が痛むのを感じている。

 それなのに、押し倒されるたびに嫌悪を覚えないと言う事は、誰に対してもこうだと言うのだろうか。


 最悪の人間に抱かれてこうなのだから、そうなのだろう。

(だとしたら・・・・・私は絶対に幸せなんかになれないわ)


 ぱたん、とただ目で追っていただけの本を閉じて、アリスはそれを草むらに投げだすと空を仰いだ。
 時間は夜。

 夜には眠るものだと決めて、なるべくなら眠るようにしている。だが、最近はブラッドに呼ばれる事が多くてきちんと眠れていない。
 今の時間帯は、仕事が有るのか知らないが、エリオットとそのほかの部下を引き連れて出掛けている。
 自室のベッドで眠るのなら今こそ絶好のチャンスだった。

 だが、アリスは眠る気にならない。


 誰かに酷い事をされているのか?


(なんて的外れ・・・・・)
 ブラッドに押し倒されて抱かれる自分のあさましさと、自分の身体は夢だと決めつければ誰にでも許してしまえるほど、穢いものなのかと思ったら、余りのみじめさに涙が滲んだ。

 そんな彼女の涙だけを見つけたブラッドは、珍しく動揺したのだ。

 自己嫌悪だと説明したのに、彼は納得しかねていた。

 彼は自己嫌悪をした事がないということなのだろうか。
 だから、アリスのみっともなく堂々巡りを繰り返し、その癖に彼に会いに行く事を止める事が出来ないあさましさが判らないのかもしれない。

(割り切れればいいのかな・・・・・)

 それは何度も考えた事だった。
 寝っ転がった草むらで、空には粉砂糖のように細かく細かく砕かれた星がぶちまけられている。

 闇色のティーテーブル。倒れた砂糖のポッド。零れた砂が河を描き、偶然に絵画を描き出す。

 夜空すらも、彼の好きな物で構成されているようで、アリスはまた溜息を吐いた。
 そのまま、夜の読書に持ってきたランタンを消す。

 別に寒くはない。
 だから、このまま屋敷の庭で眠ってしまおうか。

 膝を抱えて丸くなり、アリスは蒼く満ちている夜の中で目を閉じた。






「アリス」
「ん・・・・・」

 声を掛けられて、彼女はぼんやりと目を開けた。
 冷やかな碧の視線が自分を見下ろしている。
 空は、相変わらず闇のティーテーブルだ。

「ブラッド・・・・・」
「何故、こんなところで寝ている」
 冷やかな視線の次には冷やかな声。
 アリスは彼から視線を逸らすと、寝返りを打って手を伸ばした。
「夜には寝るものだわ」
「こんなところで?」
「どこで寝ようと私の勝手でしょう?」

 固い表紙の本に指が当たり、引き寄せようとする。その本を背をかがめたブラッドが拾い上げた。

「・・・・・・・・・・」
 それでも、アリスはじっと横たわったまま、横になっている景色を見詰め続けた。

「・・・・・・・・・・私は疲れた」
「お疲れ様」
「君を探すのも面倒だったぞ」
「・・・・・面倒な事はしない主義じゃなかったの?」
「ああそうだ。だが、その面倒を押してでも君を探したかった」
「どういう気まぐれよ」
「そういう気まぐれだ」

 だから、君はここで寝ないで私の相手をするべきだ。

「強引な理屈ね」
「どうして?」
 判りやすいだろう?

 そう言って、男は笑うと「立ちなさい」と命令しなれた調子でアリスに告げる。

 そうして、彼はアリスを部屋に連れ込んで、暇つぶしに弄んで、彼女をソファに残して出て行くのだ。


 繰り返される爛れた行為。
 繰り返される自己嫌悪。



 本当は、愛している人とだけこういう事をしたいのだと、心の奥で思っていながら、ブラッドに飼いならされていく身体は彼をあさましく求めて熱くなる。

 だからと言って、堕ちるにはアリスのプライドは高い。
 道徳の壁もそれなりに厚い。

 女の幸せを夢に描くほど、少女を捨てても居ない。

「立て」
「嫌よ」

 涙が滲んでいて、それをブラッドに気付かれたくなくて、低く言われた命令の言葉に彼女は簡潔に答えた。
 ぴきん、と空気が凍るのが判った。

「そうか・・・・・なら、ここでしてもいいぞ?」
 やると言ったらやるだろう。

 ブラッドの中の優先順位はいつも自分だ。

 自分が、面倒を押してアリスを探したのだから、自分の思う通りにアリスがならなくてはならない。

 それは決して愛とも恋とも呼べない、単なる独占欲だろう。
 女なんてそんなもの。
 彼ははっきりそう言った。

 こんな行為に、見出すべき意味はないと。


 一瞬の快楽の為。嬲られて、彼の望む様な表情をする女。自分の与える行為に、翻弄されて自我を崩し、己を見失う女達。ただただブラッドを求めて手を伸ばす。
 プライドが高ければ高いだけ、それを崩して跪かせる快感は大きいのだろう。

 一人の人間を壊していく。

 マフィアのボスに相応しい、退屈しのぎだ。
 殺すよりも、酷い。


 でも、残念ながらアリスはマフィアではない。

 生殖の為の本能だと知り、種を絶やさないために、必然的に行為に溺れるように快楽を与えられているのだとしても、そこに何らかの意味を見出したい、普通の人間なのだ。

 オンナの本能がオトコを求めるのなら、それを制御して、もっとたくさんの付加価値を付けたいのだ。



 雨の中、たたずんでいた一人の男。
 誰でも良かったわけじゃない、閉じられて完結した一つの愛。
 本能に負けなかった理性の恋。


 起き上がらないアリスに、舌打ちし、ブラッドはタイを緩めてアリスの顔の前におとした。ぎょっとして目を見開き、身体を起こす彼女を草むらに押し倒す。

「ここでも構わないと言っただろう?」
「やっ」

 叫ぼうとする口を塞がれる。
 唇で、ではない。押し込められたのは、彼のはめていた手袋。
 丸めたそれを吐きだそうとするが、力一杯胸を掴まれて悲鳴が漏れた。

 不感症なら良かった。
 何の痛みも感じなければ。

 ぽろぽろと涙がこぼれ、アリスは霞んだ視界にブラッドを映した。
 怒っているか、嗤っていると思ったのに、ブラッドはただどこまでも無表情だった。

 冷たい。

 身がすくむ。
 本当に、誰でも良いのではないかとそう思う。
 その目は「人」を見下ろしているとはとても思えなかったからだ。

 掴まれた手首が痛い。きつく首筋が吸われ、痛みが走る。引きちぎるように、襟元が開かれて、下着を押し上げる。
 肌に触れる手で乱暴に弄られて、アリスは目を瞑った。

 これはどういう事だろう。

 どこか冷静な頭の隅が、考え出す。


 乱暴にされている?
 だったらこれは犯罪だ。
 堂々と、犯されたのでここから出て行きます、と言える筈だ。
 嫌える筈だ。
 アリス、という一つの人格の否定。無視。人間の尊厳を踏みにじる行為。

「・・・・・・・・・・・・・・・詰まらん」
「っ」

 アリスの柔らかな胸元に舌を絡めていたブラッドが、醒めた目で彼女を覗き込んだ。目を閉じていた彼女が目を開ける。
 圧し掛かっていた男が身を起こす。
 しばらく、考え込む様な男の様子に、酷く乱れた格好のまま、ぼんやりとアリスは男を見上げた。


 詰まらない?
 どういう意味だ。


「余所者に飽きた?」
 口から彼の手袋を抜き取り、掠れた声で皮肉を込めて言えば、じろりと冷たい眼差しが降ってくる。ぞくっと背筋が冷えて、身体が凍る。
「今の君は・・・・・」
 酷くゆっくりとブラッドは零した。
「余所者ですらない」
 単なる顔なしだ。

「え?」

 意味が取れず困惑する彼女から退き、ブラッドはふっと彼女に背を向けた。


 余所者ですらない?
 どういう意味だ?

「飽きたってことでしょ?」
「詰まらないと言ったんだ」

 身を起こし、紅い痕の残る身体を、掻き合わせた襟もとで隠す。

「だから」
 声を上げるアリスを、振り返った男が興味なさそうに見下ろした。
「今の君は、そこらに居る女と一緒だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 彼に媚びを売って?
 壊されていく?
 プライドの高い?
 愛して欲しいと手を伸ばす?


「冗談じゃない」
 掠れた声で呟き、アリスはよろよろと立ちあがった。アリスを見詰める男が、ちょっとだけ目を見張る。
「そういう女と一緒にしないでって言ったでしょう?」
「だが、今の君はそうだ」
「何がっ」
「・・・・・・・・・・・・・・・諦めている」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 つかつかと歩み寄ったブラッドが、アリスの顎に手を掛けて持ち上げた。
「私に犯されるのは仕方ない事だと、諦めていないか?」
「・・・・・・・・・・抵抗して欲しいの?」
「面倒だがな」


 最低な男だ。
 抵抗する人間を屈服させてこそ、暇つぶしだというのか。

 不快感を前面に押し出しすアリスに、ようやく男は愉しそうに嗤った。
「言っておくが、プライドの高い奴を壊すのは嫌いじゃない。だが、君には限ってはそうじゃない」
 すっと目を細める。
「今の君は私すら見ていない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ぱしん、とアリスの顎をはじいて、ブラッドは小さく笑った。

「君は自分が大好きなようだからな」
「っ」

 かっと顔に血が上る。赤くなる彼女を見たまま、男は背を向けて歩いていく。残されたアリスは羞恥と悔しさに唇を噛んだ。


 自分なんか嫌いだ。
 こんな人間、大っ嫌い。
 根暗でうじうじしていて、陰険だ。
 誰か自分を罰してくれればいいのにとそう思っている。


 酷くされる事を、望んでいる。


 そんな人間だと思っている。




 筈だった。



 でもそれは裏を返せば、自分を好きだからだと言う事にならないか。
 酷くされればきっと許される。
 根暗でうじうじしていて、陰険な自分を罰してくれれば、きっと自分を許す事が出来る。

 変わる努力を他人に任せ、力一杯傷つけばそれで自分を許せると思っている。

 本当に嫌いなら、変えようとすればいい。
 それすらしないのは、気に入っているのだ。

 どこまでも堕ちて行く思考が好きだ。
 堕ちて行くのが好きだ。
 悲劇のヒロインになるのが好きだ。


 馬鹿馬鹿しくて嗤いだしそうなのに、なのに、アリスはそれを望んでいる。


 草むらにへたりこみ、顔を俯ける。
 だるそうにしているくせに、本当に嫌な人間だ。
 こんな人間に、自分の本性を見透かされて吐き気がする。

 酷くされて、「これは罰」と受け止めればアリスはアリスを許す事が出来る。

 こんなに酷い事をされたのだから、私はきっと許されて良い、と。


 反吐が出る。吐き気がする。なんという甘ったれた考えだろう。
 自立したいといいながら、自立出来れば許されると思っている。
 馬鹿じゃないのだろうか。


 きっと、ブラッドはもう二度と、こんな風に乱暴にアリスを抱くような真似をしないだろう。
 それがアリスの悦ぶ事だと知ったから。
 彼は、もっと狡猾な手段で、アリスを堕としに掛るのだ。


 逃げ道はない気がした。











 不幸せであることが自慢にならないように、不幸せでないことに負い目を感じる必要もない。


(じゃあ私はなんなんだろう・・・・・)

 中途半端に、幸せじゃないということか。

 いや、判らない。
 幸せって、何?



「飽きないわね」
「飽きないよ」
「どうして?この間は詰まらないって言ったじゃない」
「気が変わった」

 それですべてが許されるのだから、得な男だ。勝手気まま。何事も気分次第。良い御身分だ。

「君は罰を待っているようだからな。私を怒らせて、傷つきたいのだろうが、そうはいかない」
 ゆっくりと、唇が肌を這う。
 相も変わらず、アリスはソファに押し倒されていた。

 今は、乱暴にされかかったあの夜から三回目の夜だ。なんだってここに訪れるのか。

「今日はこんな事をしに来たわけじゃないの」
「ああ、構わないよ。これはついでだと思ってくれ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「君は自分が大好きなようだからな?大切にしてやろう」
「馬鹿言わないで」
 身体を起こそうとするが、やんわりと肩を押さえられる。力なんか籠っていない。無理にでも起き上がれば、彼を跳ねのける事が出来る。
 だが、アリスはしなかった。

 くっと笑った男が憎たらしい。視線を逸らすと、酷く柔らかな手つきで、しゅるっとエプロンのリボンを解かれた。
 指先が、服の上から肌を這う。途切れることなく、身体をたどり、肩ひもをはずす。
 自分から動く気はさらさらない。
 人形のように扱えばいいのに、そうでもない男は、恭しくアリスの手を取ると、エプロンを脱がせていく。
 酷く丁寧に、ゆっくりと。

 顎の下を手で撫で、そのまま襟元へと落していく。
 くすぐったい。

(羞恥プレイなのかしら、これ)
 長い指がボタンを丁寧に外していく。こんなのは我慢できない。
 アリスは愉しそうに襟元を寛げる指を掴んで、ブラッドを睨みあげた。
「さっさとして」
「大事に扱われるのはお嫌かな?」
「・・・・・・・・・・貴方に大事にされるいわれはないわ」
「どうして?」

 くすくす笑いながら、あらわになった肩に唇を寄せる。舐められて吸い上げられる。彼の前髪が喉に触れてくすぐったい。柔らかな肌を、唇が下って行き、長い指がアリスの服を脱がせていく。彼女はと言うと、止めるようにブラッドの手首を握るだけで、抗う事が出来ない。背中に回った掌がぱちりとアリスの下着を外し、現れた胸元を、やわやわと弄ぶ。手の中で形を変える膨らみを見たくなくて、アリスは唇をかむとソファに頬を押し当てた。

「こんな行為に意味なんかないからよ」
「・・・・・・・・・・まあ、そうだな」
「だから、意味を見出したくなる前に、乱暴にすればいいのよ」
「大切に扱われると、意味を見つけてしまうのか?」

 嗤いながら言われ、何か言う前に、く、と膨らみの先端を押される。声が漏れそうになり、アリスは唇を噛んだ。
 そのまま、舌先で転がされ、指先で弄ばれる。固くなるそこに目を細め、咥えたままブラッドは可笑しそうにアリスを見上げた。

「どんな意味だ?」
 私には、見つけられそうもないので教えてくれ。
「不幸せと幸せよ」

 掠れた声で告げて、アリスはずっと身体をずらして男を見ようとする。手を突いて身体を起こそうとするが、腰に回った手がそれを許さない。自分の脚に、男の太ももが絡むのを感じた。
 身体を起こして、アリスに圧し掛かるブラッド。腕を絡め取られる。唇が、喉に触れた。

「どういう意味?」
 甘い声が、誘うようにからかう様に囁く。胸元に飽いた手が、脇腹を通り、アリスの脚をゆっくりと撫でて行く。びくん、と揺れる身体を抱きこまれ、耳元でブラッドが囁く。
「アリス?」
「・・・・・・・・・・好きでもない男に抱かれるのが、不幸せなのか幸せなのかっていう意味よ」
「それは是非、私も訊きたいな」

 どっちだ?

 片足を持ち上げ、身を起こしたブラッドが、潤んだ目で見上げるアリスに見せつけるように、膝に舌を這わせた。頬を寄せて愉しそうに嗤ってアリスを見下ろす。

「好きでもない男に抱かれるのは、不幸せの象徴かもなぁ。だが、君はそれで自分を罰しようとしているから、幸せであるともいえる」
 そういう事か?

「なんであんたは愉しそうなのよ」
 与えられる愛撫から、身体が熱くなっていく。身体の中心が溶けるのが判り、触れるのを望んで腰が揺らめくのを、理性で押しとめる。
「君は、恋はどこですると思う?」
「は?」
「愛はどこからくると思う?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・知っているのは、本能を押さえつけて、理性が勝ったものを恋と呼ぶ事だけだわ」
「本能的に相手を求めるのは、恋じゃない?」
「それは単なる生殖行為でしょう」

 切り捨てるアリスに、ブラッドは可笑しそうに嗤った。

「生殖なんてぞっとしないな。私はどちらにも当てはまらない」
 く、と下着の上から的確に花芽を押されて、アリスは急な快感にびくりと身体を震わせた。彼の手が、指が、アリスの敏感な部分を撫でまわす。
「貴方のは・・・・・単なる快楽よ・・・・・」
「うん?」
「人を壊して愉しむ、最低のゲームね」
「そうだよ」

 恋とか愛とか、どこからくる?
 支配欲とか独占欲とかからじゃないのか?

「全然違うわ」
 否定するも、ずっと足がソファを蹴る。逃れるためなのか、もっとと欲しているためなのか、身体が浮く。
「あっ」
 下着の隙間から、彼の指が滑り込み、直接触れられる。つぷ、と嫌な音がして彼の長い指が胎内に侵入する。
 ふるっと身体が震えた。
「気持ちよさそうだ」
「っ」
 あちこちを擦りあげ、指を増やされて、アリスの中を探って行く。見つけた場所を執拗に攻め、はしたなく声を上げそうになるのを、我慢するアリスに、ブラッドは嗤う。
「気持ちいいのは悪い事じゃない」
「良い事が気持ちよくてっ・・・・・悪い事がっ・・・・・気持ち悪いならっ・・・・・貴方はマフィアなんかしないでしょう」
「・・・・・・・・・・・・・・・良い事を言うな」

 感心するブラッドは、「じゃあ、悪い事なのかな」と執拗に音を立てて、アリスの中を掻きまわす。
 足を持ち上げられ、腰を上げられる。

「っ」
 熱い舌が、濡れて開きかかっているアリスの中心を、溶かしていく。差し込まれ、びくりと身体が震えた。

「あっ・・・・・や」
「手首まで濡れるほど、感じているから、相当悪いことのようだ」
「んっ・・・・・んうっ」
「で、アリス。君は愛とか恋はどこですると思う?」
 下半身とでも答えれば満足か。

 でも違うと言える。
 自信を持って言える。



 アリスは見たのだ。
 たった一つの恋と愛を閉じて、他を一切締めだした愛の形を。

 あれは、どこの恋?愛?


「・・・・・・・・・・ト」
「ん?」
「ハート」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ちくたくちくたく。

 揺れたブラッドの視線。それは、アリスの胸におとされる。それから、感じる己の中の鼓動。

 ちくたくちくたく。

(我ながら三流小説の文句だわ)
 きっと呆れているだろうと、恐る恐るブラッドを伺えば、彼はどこか複雑な顔で、アリスを見下ろしていた。

「え」
「ナルホドな・・・・・どうりで無理な訳だ」
「あ」

 下着を取っ払われ、濡れに濡れた中心に、彼のものがつきたてられる。

 白い喉がのけぞり、甘い声が漏れる。身体を更に浮かすから、酷く危なっかしく、アリスの身体が落ちかかる。

「や」
 器用に抱きとめて、引き寄せるとブラッドは楔を打ち込んだまま、緩やかに動かしだす。

 飲み込む快楽が、大きくなり、溢れだす。アリスの器に収まらないそれが、出口を求め、塞ぐ口を叩いて漏れて行く。
「あっあ・・・・・ああっ・・・・・ふうっ」

 ぎゅっと目を閉じて、涙が滲む。ぐちゅぐちゅと音がして、覆いかぶさる男が、胸元に舌を這わせる。

「やっ・・・・・あ」
「ハートの狂った人間は、どうしたらいい?」
「ふあ・・・・・あっあ・・・・・あああ」
「なあ、アリス。それなら私はどうしたらいいんだろうな?」


 愛とか恋とか、永遠に無理だと言う事になるのかな?


 だから君に惹かれるのか。
 君は知っているから。
 こんなことに意味が無いことをしり、意味が有る事も知っている。

「私は・・・・・意味を見出せそうにないよ」
「だからっ生殖行為でしょう」

 切れ切れに、半ばやけくそで言われ、ブラッドは微かに彼女をさいなむ動きを止めて、目を見張った。
「・・・・・・・・・・私たちが?」
 ずくん、と一つ打ち込まれ、「ああん」と甘い声が漏れる。
「じゃあ、快楽」
「それはそうかも」
 きゅ、と締め付ける感触に持って行かれそうになる。
「それかっ・・・・・支配欲」
「君を支配か・・・・・愉しそうだな」

 代えの利かない君を支配出来たら、なるほど、世界の頂点のような気になるかもしれない。

 でも、そんなものは欲しくない。

 そこで、はたとブラッドは気付いた。



 欲しいものは何だ?



「んっんっ・・・・・んあっ・・・・・ああっあ・・・・・駄目っ・・・・・もう、だめぇぇ」
 甘い声が、ブラッドの行為を激しくさせる。
 溺れるのは簡単。
 だが、ブラッドの胸の中を満たしていくのは、先の見えない霧。


 面白ければそれでいい。
 暇を潰せればそれで。

 単なる興味だった筈だ。


「アリスっ」

 喘ぐ彼女の脚を抱え込み、抱きつくのを頑なに拒む彼女の耳元に唇を寄せた。
「君は知ってるのだろう?この行為の意味を。知っているのなら教えてくれ」
 切羽詰まった声。こんな時にする問答ではない。
 それでも。


 欲しいものは、手に入れなくては気が済まない。


「アリス」
「・・・・・・・・・・知らないわよ」

 吐き捨てる彼女を、追い詰めて、強張らせて、オトしていく。
 彼女の身を穢して、ブラッドは果てようとするアリスを抱きしめた。

「私も知りたいの・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」




 こんな行為に意味はない。
 身体だけじゃない愛の形。
 魂が震える恋。

 完結し、閉じて、意味をなさなくなった愛。



 ぽかりと目を開けて、アリスは身体に巻きついている体温を振り仰ぐ。
 抱きしめる男が、すっと目を開けた。

 自分よりも深く、綺麗な碧が交わる。


「好きな奴に抱かれれば幸せだとそう思うか?」
 不意に掠れた声で尋ねられ、アリスは億劫そうに目を伏せた。
「そうでしょうね」
 そう思うわ。
 貴方に抱かれても、結局は空しさしか得られない。

 心がついていかないから。

 そして、心の奥底にある、見ないふりをしている、小さな感情。


「・・・・・・・・・・なら、今君は不幸なのか?」
「・・・・・・・・・・マフィアのボスに良いようにされて好き勝手に抱かれる女は不幸というんじゃない?」
「一般論じゃない。君が、どうなのか知りたいんだが?」
「なんて言って欲しいの?」

 逆に問い返せば、ブラッドは可笑しそうに笑った。

「さあ?どんな答えも、そぐわない気がするな」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「厄介な女だ。」
 だから、愉しい。

 うっすら笑い、ブラッドは彼女の首筋に口付る。
 痕を残す。

「判った事が有るな」
「何?」
「私は、君が欲しいらしい」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 睨みつけるアリスに、ブラッドは嗤う。

「欲しい」

 見詰める瞳に混じる、剣呑な色合いに、アリスの肌が粟立つ。危険を感じてだ。
 威圧感が身体を覆い、彼女は腕を突っ張った。

 抱きしめる彼から逃れるようにソファを下りる。

「私は嫌よ」
 掠れた声で言えば、「そうかな?」とブラッドは溶けそうなくらい甘い声で言って、後ろから彼女を抱きしめた。

 ふわりと薔薇の香りがする。

「嫌」
「・・・・・・・・・・・・・・・君が欲しい」
「これ以上何が欲しいっていうの」

 思わず声を荒げて振り返れば、小さく笑った男が、アリスの顎に手を掛けた。

「全てだ」




 そのまま、口付けが落ちてきて、アリスは目を見張った。
 嫌だと、跳ねのけようとするが、腰にまわされた手がアリスを抱きこんで叶わない。

「んっ」
 背筋を指で撫でられ、ぞくりとした震えに思わず口が開く。
 傾れ込む舌に蹂躙されて、アリスの脚が崩れ落ちた。

「ふっ・・・・・あ」
 息を吐くのももどかしく、角度を変えて貪られる。気付けば再びソファにくったりと落とされていて、身体から力が抜けて行く。
 合わせた舌が熱い。



 彼とのファーストキスがこれとは。


「っ」

 夢見る乙女な自分が、イチから壊されていく。
 深くついた傷を、えぐるように。


 あんなのは、恋じゃないし愛じゃないし、ママゴトなのだと、高みから嘲笑う男に壊される。

 わざと唇を吸い上げて離れる男に、アリスは奥歯を噛んだ。
 満足そうなのに不機嫌そうな男が、彼女を見下ろしている。

「こんなキスも、教えてもらえなかったのか?」
「っ」
「とんでもなく、無能な男だな」
 同じ顔だなんて心外すぎる。


 セイジツな愛だったのだと、言えない。
 こんな風にキスされて、それに心が震えたのだから。

 口惜しく歪む彼女に、再び口付けて、ブラッドはアリスの目元の涙をぬぐった。


「可哀そうに。そんな男に弄ばれて傷つけられて・・・・・慰めてやろうか?」
 君が望むのなら。



 甘い甘い、悪魔の囁き。


 目を閉じて、アリスは深く息を吐いた。



 絶対にごめんだ。


 彼女は心を閉じる。記憶を閉じようとする。

 心の奥底にある小さな感情に目をそむけて。




























 BGMは某ボカロさんの1925(笑)
 どうしよう・・・・・まだ続くかも orz