命短シ恋セヨ乙女




「!?」
 がばっと跳ね起き、アリスはじわりと下着が濡れる感触に青ざめた。
 びっくりするような夢を見た。
 というか、あれは夢だろうか。

 アチラのアリスは、元をただせばアリスなのだ。
 アリスの理想。アリスが生み出した存在。それが具現化したもの。
 彼女とアリスが繋がっていないとは言い切れない。

(も・・・・・もしかして・・・・・)
 相手の男はブラッド=デュプレだろうか。

 途端、アリスは自分が青ざめるのが判った。
(私はベルガモットが・・・・・)
 他の男に触れられて、蹂躙される様を夢に見て、身体を濡らすなんてどういう事だ。

 ましてや、自分には経験の無い部分で、だ。

(どうしよう・・・・・)

 うろうろと視線を泳がせ、とにかく思い出す度溢れる身体を何とかしなければ、とアリスは再び考える。
 先ほどシャワーに入ったばかりでこの体たらくだ。どれだけ自分は淫乱なんだと、考えて更に彼女は凹んだ。

(ああもう・・・・・厄介すぎるわ・・・・・)
 全部全部、向こうのアリスとベルガモットが悪いと決めつけて、アリスは空を見上げた。夕方の赤に染まるガラスの向こう。
 とうとう、七時間も彼は戻ってきてない事になる。
(・・・・・・・・・・・・・・・)

 もしかして、とアリスの根暗で後ろ向きな部分が、出したくも無い判断を下してくる。
 もしかして、他の女と居るのだろうか。

「・・・・・・・・・・・・・・・」
 そうかもしれない。指し当たり、あの甘ったるくて胸やけするような香りが好みの女と、一緒に居るのかもしれない。
 下着を取り換えたいのに、何となくソファに腰を下ろしたまま、アリスはぼうっと想像を巡らせた。
 悪い方に考えるのには定評がある。

(ベルガモットって素敵よね・・・・・)
 やることなす事全部に色気が合って、あんな触れかたをされたら、どんな女性も身を焦がして身体を溶かすに決まっている。彼が本気で好きになる女性とやらにお目にかかってみたい。
 彼に一番だと思われたら、どれだけ嬉しい事か。

 それがアリスじゃないと判っているから、余計に哀しくて凹むのだ。

 アリスには、あんなトンデモナイ男を落とせるような手管も手段も持ち合わせていない。もう一人のアリスなら可能かもしれないが、アリスにはいいところなど一つも無いのだ。

(前に・・・・・価値なんかないって言われたわ・・・・・)
 それでもベルガモットはアリスに投資をしたいと言ってくれた。仕事がはかどるのならそれもありだと。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 私とベルガモットは部下と上司だ。それでいいじゃないか。大体アリスは目的を見誤っている。

 ぞくん、と身体が震えて、アリスは己を抱きしめて俯いた。
 あれはきっと夢じゃない。ブラッド=デュプレに抱かれる、もう一人のアリスの姿だろう。

 マフィアのボスも手玉に取る女。彼女はきっと、この世界の唯一の紅茶を手に入れる筈だ。それに近い位置に居るのだもの。

 じわりと涙が膨らみ、アリスは膝を抱えて際限なく凹む心境に歯止めを掛けられない。

 このまま私は消えていくのだろうか。
 何一つ、楽しいことなんかなく。
 なんにも叶わないで。
 彼女の事を愛してくれる人も、抱きしめてくれる人も現れず、ただただ理想のアリスに吸収されてしまうのだろうか。

 それとも、向こうのアリスが幸せになれば、アリスも幸せになれるのだろうか。

(でも・・・・・私が好きなのは・・・・・)

 叶わない。
 なんにもなんにも叶わない。

 広くて明るい図書室に有りながら、アリスは小さく小さく膝を抱えて俯いた。
 泣かない。
 泣くのはきっと、この気持ちにもっともっと拍車を掛けるだけだから。

(あんなことで身体を濡らして・・・・・叶うわけも無いのに・・・・・馬鹿みたいだわ・・・・・)

 諦めたって胸が痛い。信じられないくらい傷ついている。それでもアリスは「こういう痛みは慣れっこだから」とぎゅっと強く目を閉じた。

「・・・・・・・・・・君のそれは癖なのか?」

 唐突に気だるい声がして、アリスの身体がびくりと震えた。
 酷い顔をしている自覚が有るので、のろのろとアリスは答える。
「そうよ。だから放っておいて」
「だったら余計に放ってなど置けるか」

 嘆息し、ソファに蹲るアリスの元に、ベルガモットはつかつかと近寄ると、強引に抱き上げた。

「!?」
「・・・・・・・・・・泣くなら、私の前でだけにしなさい」
 一人でも泣くのは禁止だ。

 きっぱりと言われて、アリスは唇を噛んだ。
 今も、彼からは甘い香りがしている。
 先ほどまでの後ろ向きな考えがじわりじわりと胸を侵して、アリスは手を付いて彼から離れようとした。

「離して」
「嫌だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 思わず睨みあげると、同じように鋭い視線で睨まれる。
「降ろして頂戴」
「残念ながら、無理な相談だ」
「どうしてよ!?」
「安心しなさい。ベッドに着いたら、降ろしてあげるから」
「嫌よ!」

 暴れるが、アリスのようなお嬢さんがマフィアの男に敵う筈も無く、彼女は自分の部屋のベッドに落とされる。

「っ」
 急いで起き上がろうとする彼女を押さえ込み、ベルガモットの碧がアリスを映す。
 再び、じわりと涙が滲んで、「何を泣いているんだ」と男は溜息交じりに尋ねた。

「・・・・・・・・・・・・・・・何でもないわ」
「何でもないのなら言えるだろう」
「何でもないんだから、言ってもしょうがないわ」
「それを決めるのは私だ」
「ベルガモットに言っても仕方ないもの!」

 思わず声を荒げるアリスに、彼を眼を見張り、それからゆっくりと彼女の唇を撫でた。

「それを決めるのも、私だ」
 君が泣いているのを、ただ黙って見て居ろと言うのか?

 苦々しく見下ろされ、アリスの心臓がどくん、と強く鳴る。視線を泳がせたまま、アリスはぎゅっと彼のシャツを握りしめた。
 普段の、白いシャツにスラックスだけの、ラフな格好の彼。

「約束の時間帯までに・・・・・戻って来なかったから・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「余所の女の人と居たんでしょう?」
 声が震えないように、腹に力を込めて、何でもない振りをして告げる。こんな風に、ベッドの上で抑えつけられているが、アリスはそれをどうこう言える立場にない。
 自分の事を詮索されるのが好きな人間は居ない。特に色恋に関して。
 こう言えば、彼はきっと引くに決まっている。

 そう思って告げたのに。

「だったら、何だと言うんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「それで、何故君が泣く?」

 ゆっくりと確かめるように言われて、アリスは思わず男を見上げた。碧の瞳が、まっすぐにアリスに落ちている。
 その視線だけで、身体が震えた。

「私が他の女と居ると」
「止めて・・・・・」
「君は」
「止めてったら」
「泣きたい気分になるのか?」
「止めてって言ってるでしょう!?」

 声を荒げ、叫ぶアリスの眼から、涙が落ちた。

 後から後から、涙が零れて落ちていく。
 眼を瞑り、しゃくりあげるのを堪えるアリスに、ベルガモットはそっと唇を寄せた。

 ふわりと、甘い香りがして、アリスは反射的に顔をそむけた。

「その香りっ・・・・・」
 ひくっと喉を鳴らす。思考がかき乱されて、ぐちゃぐちゃだ。このままトンデモナイ事を口走りそうだ。

 アリスには価値が無い。
 価値が無いし、向こうのアリスに吸収されてしまう運命に有るとそう思う。
 もう、ゲームに勝てるだけの要素が、自分に有るとは思えないからだ。

 でも、だからと言って嫌な物は嫌なのだ。

 例え好きでも。
 大好きでも。
 抱かれたくても。

「その香りっ・・・・・やだ・・・・・前の・・・・・ベルガモットの方が・・・・・ずっと・・・・・」
 瞑った目蓋の裏が熱い。頬をいくつもいくつも涙が零れていく。
 このまま消えるにしても惨め過ぎる。
 どこかで感じた事のある、別の女の香りに包まれて、なんて、まっぴらだ。

 震えて零すアリスに、ベルガモットは眼を見開くとそれから、「この香り・・・・・」と妙に楽しそうに零した。

「この香りが嫌なのか?」
 身を伏せる男から、甘い香りが立つ。それが嫌だと言ってるのに、押しつける気なのか。
「そうよ」
 両腕をクロスして、顔の上に載せ、しゃくりあげながらアリスは細く答えた。
「嫌・・・・・だから・・・・・近寄らな・・・・・で・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 ふっと自分に掛っていた重みが無くなり、アリスはびくりと身体を震わせた。
(あ・・・・・)
 あっさり引かれて、胸が軋む。痛みに、ぎゅっと唇を噛みしめ、再び落ち込んでいきそうな思考は、ふわりと香った違う香りに引き戻された。

 いつかの、ベルガモットの香り。

「前に」
 腰に腕を回されて、有無を言わさず抱き起こされる。涙にぬれたアリスの頬に、ベルガモットは掌を押し当てると柔らかく撫でた。そのまま目許の涙をぬぐう。
「約束しただろう?・・・・・君に投資をさせて欲しいと」
「・・・・・・・・・・」
「それが、これだよ」
 ゆっくりと眼を開け、掴まれた掌に、小さな瓶を置かれる。
 渡されたのは綺麗な香水の瓶で、カットが美しく、中の液体がきらきらと輝いていた。
「これ・・・・・」
 眺めるだけのアリスの手から、再びそれを持ち上げて、ベルガモットはふわり、とアリスの耳元に香水を噴き掛ける。
 再びよく知る香りがして、アリスは眼を見張った。
「・・・・・ベルガモットの香り」
 どきん、と心臓が跳ねあがりかあっと身体が熱くなる。
 思わず彼に抱かれているような錯覚をした自分が恥ずかしい。

 そんな予想通りの反応をするアリスが可愛くて、思わず笑いだすベルガモットに、アリスは困惑した。

「君から私の香りがしたら・・・・・楽しいだろう?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・でも・・・・・」
 あなたは違う香りだわ。

 再び顔をゆがめるアリスの、両頬を掌で包んで、ベルガモットは本当に可笑しそうに笑った。

「この甘い香りはね、アリス」
「・・・・・・・・・・」
「アプリコットの香りだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 意味が取れず、最初は呆然としていたアリスだが、言っている意味を、ゆっくり理解して、唐突に真っ赤になった。
「っ!?」

 頬が熱を持ち、頭がくらくらする。
 触れる頬が、見る見るうちに信じられないくらい熱くなるのを感じて、ベルガモットは吹き出す。
 彼女から手を離して大笑いする彼に、アリスは空いた口が塞がらなかった。

 アプリコットの香り。
 甘ったるくて、女性的で。
 てっきり彼が抱く女から移ったものか、強請られて付けているのだと思っていたのに。

「――――っ!!!」

 落ち込んで哀しかった気持ちが、徐々に怒りにすり替わる。
 それならそうと、最初から言ってくれればいいのに。
 何と言う男だ。
 アリスが一人鬱々としているのを見て、楽しんでいたんだ、絶対!

 珍しく笑い転げるベルガモットに、アリスの怒りは募り、やがて頂点に達した瞬間、近くに有った枕を掴みあげるとベルガモットに向かって振り下ろした。
「!?」
 ぼふん、と叩かれて、ベルガモットが腕を上げる。
「アリス!?」
「っ!!!っ!!!っ!!!!!」
 ぼふん、ぼふん、と何度も何度も枕で殴られる。
「こら・・・・・ちょ・・・・・止めなさい!」
「っ!!!っ!!!っぅ!!!!」

 涙目で、必死に殴られ、ベルガモットは堪えていた笑みをようやく収めるも、にやにやしながら彼女の手首を掴んだ。

「痛いじゃないか」
「誰の所為だと思ってるのよっ!!!」

 あんなに恥ずかしい思いをして、あんなにトチ狂った事を口走ったのだ。アリスの気持ちは収まらない。
 ぼろっと涙が零れ落ち、はあ、とベルガモットが溜息を吐いた。だが、顔は心から嬉しそうだった。

「・・・・・・・・・・嬉しいよ、アリス」
 妬いてくれて。

 ぐっと手首を引っ張られて抱き寄せられる。甘い香り。ベルガモットのアプリコットの香り。

「嫌いよ・・・・・あなたなんて・・・・・大っ嫌い」
「ああ、構わないよ」
 私はマフィアだからね。君が何と言おうと結末は変わらない。
 彼の手が、するっとアリスの背中を撫でる。
「っぅ」
 濡れた声が漏れ、アリスは慌てて口を押さえようとするが、再び押し倒されてしまう。
 ちゅっとキスされて、びくりとアリスの身体が震える。舌先にくすぐられ、その先が欲しくて唇を小さく開く。侵入してきた舌に、あっさりと口内を蹂躙されて、くらん、と世界が回った。
 彼のシャツを掴む手に力が入る。
 触れあわせた舌が、相手を求めて貪欲に蠢き、先ほどの夢の名残で濡れていた身体が、更に加速して潤んでいく。
 ふ、と吐息を洩らし、唇が離れる。
「あ・・・・・」
 濡れた声と、唇の端から零れた唾液。真っ赤になって息を吐くアリスを見下ろし、ベルガモットは静かに切り出した。

「アリス」
 その手を取り、己の頬に当てて、ベルガモットはひたりとアリスを見下ろした。
「私が時間に遅れた理由が・・・・・別の女を抱いていたからだと、そう言ったら君はどうする?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 真剣な眼差しが、自分に注がれている。
 ひゅっと息を呑み、アリスはまじまじとベルガモットの碧を覗き込んだ。

 この人が。
 別の女性を・・・・・?

 じり、と胸の奥が焦げて、アリスはふっと男から視線を逸らした。握りしめられている手を、握り返す。

「許せない、か?」
 ベルガモットは、アリスとの距離を保ったまま、重ねて尋ねてきた。唇を噛み、アリスは迷う。
 許せない、と思う。
 でも、アリスとベルガモットは特にどうのと言われるような関係ではない。
 彼が好きに他の女とそういう行為をしても、アリスには止める権利はない。
 権利はないが・・・・・

「それだけ、私には魅力が無いと言う事でしょう?」
 そっと言葉にするアリスに、ベルガモットは微かに眼を見開き、それから苦々しく笑った。
「・・・・・・・・・・私は酷い男だからね」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「欲しいものの為なら、何だってする」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 貴方が抱いたオンナノヒトには、欲する価値が有ったと言う事だろうか。
 ますます落ち込み、視線を逸らすアリスの、赤い頬を愛しそうに指先で撫でながら、「アリス」とベルガモットは名前を呼ぶ。
「欲しいものの為に・・・・・私はその女を手にしてきた」
 きゅっと眼を瞑る。
「だから、今は君が抱きたくて抱きたくて、仕様が無い」
「え?」
 どくん、と鼓動が跳ねあがり、アリスは驚いてベルガモットを見上げる。
 苦く笑う男が、そこに居た。
「普段は平気だし、戯れに女に手を出す事もある。丁度いい暇つぶしになるからな」
「・・・・・・・・・・・・・・・最低」
 思わず漏れるその言葉に、ベルガモットは「一般的な考え方だな」と是とも非とも言わなかった。
「だが・・・・・今は、君が欲しくて仕方ない」
「っ」

 彼の手が、アリスの首を撫でる。結ばれているリボンの端に指を掛けられる。これを解かれれば、アリスの衣服は簡単に落ちてしまう。

「他の女を抱いても・・・・・君がちらつく。君だったらどうだろう・・・・・君ならどんなふうに反応するだろう・・・・・君を抱けたらどれだけいいかと・・・・・そればかり考える」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「他の女を抱けば抱くだけ、君が恋しくなる」

 女性として許してはいけないような台詞なのに、ベルガモットが言うと何故かそれが許されるような気になってしまう。
 彼が持つ雰囲気がそうさせるのか。アリスが彼に抱く気持ちがそうさせるのか。
 彼に請われれば、どんな女も跪いてしまう気がして、アリスは潤んだ瞳を伏せた。

 先ほどから高く鳴り響く心臓が、痛い。握りしめた手が熱い。身体に、熱が溜まっていくようで、アリスはふるっと肩を震わせた。

「君を抱いて壊してしまいたいが・・・・・今は止めておくよ」
 ふっと耳元で囁かれて、アリスは声を洩らす。我慢できずに響く、濡れた声。
「ベルガモット・・・・・」
 艶やかな唇が請う様に名前を呼ぶが、彼は苦笑して軽く口づけるだけにとどめた。
「・・・・・全てが終わってからにしよう」
 思わず腕を伸ばすアリスを抱きしめて横になり、彼女の髪に顔を埋めて深呼吸をする。

 全てが終わる?

 そんなベルガモットの台詞に、アリスはずきりと身体の奥が痛むのを感じた。

「・・・・・・・・・・・・・・・」
 全てが終わった時、アリスはここに居ないのではないだろうか。

「ベルガモット・・・・・」
 震えた声が名前を呼び、だが男はただきつくアリスを抱きしめるだけだ。
「ベルガモット」
 涙の滲む声。震えるアリスを腕に閉じ込めたまま、男は柔らかく彼女の髪を撫でた。
「そんな風に・・・・・その名を呼ばないでくれ」
「・・・・・・・・・・・・・・・っ」
 掠めるようなキスが、耳元に落ち、アリスは眼を閉じた。しっかりと己の身体を寄せる。
「大丈夫・・・・・君を逃がすつもりはないから」
「でも・・・・・でも・・・・・」
 私には明日なんかないかもしれない。

 掠れた声で告げるアリスに、ベルガモットは柔らかく微笑んだ。必死に縋りつく女を、抱き締め返す。

「そんなことは許さない」
「でも・・・・・きっと・・・・・ブラッドは・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「ブラッドは・・・・・あの子の味方だから・・・・・だから・・・・・」

 だからきっと、私はここには居られなくなる。
 消えてしまう。
 明日にでも、次の瞬間にでも。

「そんな事にはならないよ」
 震える彼女の背中を、なだめるように撫でながら、ベルガモットは低く甘く囁いた。
「そんな事にはならない」
「でも・・・・・」
「ならない」

 きっぱりと言い切られて、アリスは反論しようとした。どうしてそんな無責任な事が言えるのかと。
 だが、顔を上げた先に見つけた、ベルガモットの表情が、どこまでも鋭く真剣だったので、アリスは何も言えなくなった。

「私は君の味方だよ」
 ふわりと笑って告げるベルガモットを、アリスは見惚れたように見上げた。
「だから、安心しなさい」
 噛んで含めるように言われて、アリスはそっと眼を閉じた。
 彼からの温もりが、もっともっと欲しくて、身体を伸ばして抱きつく。
 隙間などないほどに、離さないでくれと、しっかり身を寄せる。
 柔らかな頬に唇を寄せて、ベルガモットもゆっくりと眼を伏せた。


 欲しいものが有る。
 一番に欲しいもの。

 その為になら、誰を傷つけても構わない。

 アリスの運命を狂わせても。

「アリス・・・・・」
 ん?と甘やかな声で答える女に、ベルガモットは甘く甘く、深く沈めるように、言葉を紡いだ。

「君は、私のものだ」







20101107