はかりごと





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 どう考えても正気の沙汰とは思えない。
 アリスは赤いソファの上に膝を抱えて座っていた。読みかけの本が傍に置かれ、見上げる天窓は暗い。
 夜の時間帯。
 うとうとと眠っている間に、姉のロリーナの夢を見た。
 彼女はアリス達を応援してくれる雰囲気だったが、アリス自身がベルガモットに言ったように、彼に恋をすれば堕ちるような恋になるに決まっている。

 同様に、ブラッド=デュプレに恋をするアリスも同じだろう。

 だが、あちらのアリスは傷つくのを覚悟で挑む気で居る。そりゃそうだろう。じゃなければ、自分からあまた居るであろう愛人に会いに行くなんて真似をする筈がない。

(本当に自信が有るのね・・・・・)
 ブルーのエプロンドレスの裾を眺めながら、アリスは眼を閉じた。

 アリス、と耳朶をくすぐった男の声音を思い出し、びくん、と身体が震える。じん、と身体の奥が熱くなり、思わず彼女は自分の身体を抱きしめた。
 触れる手は嫌じゃない。

 アリスを抱きすくめ、閉じ込め、知らない自分を引き出そうとするベルガモット。
 その手が、アリスのいたるところに触れていく。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 そうっと、アリスは自分の胸に手を置いてみる。ちょっとだけ触ってみて大急ぎで手を離した。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 赤い頬のまま、指先を脚の奥に伸ばしてみて、柔らかな丘を撫でてみた。
 触られたのは、どのへんだっただろうか。確か秘裂の中心くらいで・・・・・
 つ、と爪先で撫でてみて、びくんと身体が震える。
「んっ」
 ゆっくりと、ショーツの上からなぞり、何度か指を行き来させる。やがて指先が、花芽を探り当て、押しつけた感触にひゃん、と喉から声が漏れた。
「っ」

 ここが気持ち良かもしれない。

「・・・・・・・・・・・・・・・」
 く、とこするとじわりと身体の奥が溶ける気がする。

 自分でする気だったのか?

「!!」
 不意に、そう告げたベルガモットの声を思い出して、アリスは慌てて手を離した。

 中途半端な熱が、身体の奥に灯ってしまい、じりじりと身体を焼く。

 三時間帯後に図書室で。

 まだ時間は有る。

(シャワーでも・・・・・)
 浴びて冷静にならなくちゃ。あわあわと立ち上がり、アリスは大急ぎで自室へと駆けこんだ。





「アリス!」
「・・・・・エリオット?」
 ぼうっと眼を開けて、アリスは揺れる視界に、心配そうに己を見ろそるオレンジ色のウサギさんを見つけて眼を瞬いた。
 よかった、とほっとしたように溜息を吐くエリオットに、アリスは顔をしかめて身体を起こす。途端、ずきん、と頭が痛んで、アリスは眼を瞑った。
「ああ、じっとしてろ!」
 その彼女の肩を、エリオットが無理やり押さえて再び寝かせる。
 ふわふわの羽根枕に、身体が沈み込む上等の敷布。オレンジ色の淡い照明。どうやらどこかの部屋のようだが、一体何が有ったと言うのか。

(姉さんの夢しか思い出せないわ・・・・・)

 ずきんずきんと痛む頭に手を伸ばし、アリスは触れた布の感触に眼を見張った。
「何?」
「・・・・・・・・・・・・・・・覚えてないのか?」
 苦々しそうに告げるエリオットに、アリスは嫌な予感がした。この指に感じる布の感触は・・・・。
「あんた、思いっきり殴られたんだよ」
 苦虫を噛みしめたような表情で言われて、アリスは「らしいわね」と掠れた声で答えた。


 泣いて縋って、怒って切れて。怒鳴り合い、罵り合い。
 俗に言う修羅場だ。

 それをことごとく制したアリスには自信があった。このまま馬鹿な女共を蹴散らして、トップに立てる自信が。
 だが、まさか暴力を振るわれるとは思わなかったのだ。

「すまねぇ・・・・・俺達がついてながら」
 しょんぼりと萎れるエリオットの耳を見詰めながら、「別に」とアリスは唇を噛んで答えた。

 口でも容姿でも叶わないと悟った一人の女が、唐突に殺気を膨らませて、傍に会ったグラスでアリスを殴ったのだ。
 反応が送れながらも、エリオットが庇ってくれたお陰で、それほど思い切り殴られる事はなかったが、こめかみに傷が付き、出血したのだ。
 ずきずきする傷を意識しながら、アリスは溜息を吐いた。

「うかつだったわ・・・・・」
 相手がこういう手段に訴えてくることも、計算に入れるべきだった。こちらが全力な分、向こうだって全力なのだ。
「・・・・・・・・・・みんな、ブラッドが好きなのね」
 眼が覚めた事を他の部下に連絡していたエリオットは、天井を見上げて呟かれたアリスの台詞に振り返る。
「そりゃあ、まあな」
「倍率高そうね」
「まあなぁ」
「・・・・・・・・・・彼の一番って、誰?」
 おもむろに尋ねられた台詞に、エリオットはちょっと目を見張った。それから、肩をすくめる。
「俺が知りたいよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「言っとくけど、こんなもんじゃねぇぜ?アイツが付き合った女。・・・・・てか、どれも付き合ったわけじゃねえか」
 手、出しただけ、とかが大半かな?
「それでも、振り向いて欲しいって、しょっちゅう屋敷に贈り物が届くんで、検閲が大変なんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・そう」

 どの人も、彼に抱かれた事が有る。

 アリスはまだ、手を出されていなかった。どんなふうに仕掛けても交わされるのがオチで、キスすらされた事が無い。

 寝がえりを打ち、エリオットに背中を向けるアリスに、彼は苦く笑う。

「もうやめるか?」
「やめない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 間髪いれずに言われて、エリオットは嘆息した。呆れたようなそれに、アリスは悔し涙を悟られないように、何度か瞬きした後「やめるわけないでしょう!?」と声を荒げた。


 アリスはアリスの理想なのだ。
 理想のアリスが、誰かに負けるなどあり得ない。
 こうだったら、何でもうまくいくのに。
 その願望から生まれたのが自分なのだ。上手くいかないからと言って、諦めるわけにはいかない。
 そんな事をしたら、アリスの存在意義が無くなってしまう。

「まだやるのか?」
 恐る恐る尋ねるエリオットに、アリスは「次の時間帯には、違う女の所に行くわよ」ときっぱりと告げる。
「だ、そうだ」
「?」
 眉間にしわを寄せてエリオットの方に再び寝がえりを打てば。

「懲りないお嬢さんだ」
「!?」
 部屋のドアに寄りかかる様にしてブラッドが立っていた。
「ブラッド・・・・・」

 思わず跳ね起きると、ずきん、と頭が痛み、彼女はうう、とうめき声を洩らして眼を閉じる。柔らかな絨毯を踏んで近寄ったブラッドは、そっと彼女の頭を撫でた。
「君は無謀過ぎる」
 溜息交じりに言われた台詞に、むっと顔を歪めて、アリスはゆっくり眼を開けた。
「どういう意味よ」
「こんな怪我をして・・・・・まだ続ける気なのか?」
「あなたが、私以外に欲しくないって言うまでは」
 上目遣いに睨みあげる彼女の隣に腰をおろし、ブラッドは巻かれた包帯に指をそわせた。
「勇者と言うのは厄介だな」
「あなたの身の破滅が望みですから」
「それは怖いね」
 小さく吹き出し、男はそっと彼女の髪を払う。心持ちブラッドに身を預けると、男は珍しく彼女を柔らかく抱き直した。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 かあっと頬が熱くなる。
「アリス」
「・・・・・・・・・・何」
「言っておくが、私は酷い男だぞ?」
「知ってるわ」

 あなたに振り回されて、人生が狂った女を何人も見たもの。

 きっぱりと言われて、可笑しそうにブラッドが笑う。だが、アリスは続ける。

「それでもみんな、あなたに愛されたいのだと、そう告げてた。正気の沙汰じゃないわね」
「それは君もだろう?」
 頬を撫でられて、うっとりと眼を閉じる。
「・・・・・・・・・・そうね」
 こんな怪我までしたのに、馬鹿みたいね。
「・・・・・・・・・・・・・・・なあ、アリス」
 彼女の髪を撫でながら、ブラッドはゆっくりと唇を開く。笑みの形にそれが歪む。
「何?」
「・・・・・・・・・・一度だけ、抱いてやろうか?」

 どくん、と心臓が跳ねあがり、アリスは顔を上げた。その彼女にブラッドは艶やかに微笑む。

「その代り・・・・・君にやってもらいたい事が有る」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ああ、勘違いしてもらっては困るよ、お嬢さん。これは取引だ」
 君が一番大事だからだと言うわけではない。
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 さあ、どうする?


 アリスはアリスの理想なのだ。
(私には・・・・・出来ない事はないわ)
 ぎゅっとシーツを握りしめて、アリスは顔を上げた。


 きっと、誘惑して落としてみせるわ。


 両腕を伸べて、アリスはブラッドに抱きつくと、彼を柔らかなベットに引き倒した。





「・・・・・・・・・・」
 三時間帯、と確かにベルガモットは言っていたが、予想以上に時間が掛っているのだろうか。
 その倍、六時間帯目に突入し、図書室の紅いソファで、ぼんやりと本のページをめくっていたアリスはぱたりとそれを置いた。
(何かあったのかしら・・・・・)
 天窓は昼。優雅に雲が流れて行き、こんな時間にマフィアの仕事がはかどるようには見えない。
 こんないい天気の日には、外で誰かとデートをしたり、お茶を飲んだりのんびり過ごすのが似合う様な気がする。

 ぱたり、とソファに横になり、アリスはベルガモットの仕事がどういうものなのか、よっぽどメイド達に確認しに行こうかと考える。
 だが、そうしている間にも帰ってくるかもしれないし、そうなるともしすれ違う様な事になったらどうしようと、ぐずぐず動けずにいた。
(私って本当に行動力がなさすぎるわ・・・・・)
 先生と恋愛している時は、そんなことも無かった気がするけど、と思い返し、空回っていた自分を思い返して苦笑する。

 それから、アリスは何となく、恋をする自分を避けている。
 ベルガモットに流されたらどうなるのか。
 どうなってしまうのか。

 堕ちてみればいい、と彼は言ったが、彼がどこまで自分に本気なのかが判らない。判らないけど飛び込んでいくのが、向こうのアリスなら、リスクを負いたくないのがアリスなのだ。

 ふう、と溜息を付いて、アリスは眼を閉じた。
 この時間帯が過ぎても、ベルガモットが戻って来ないなら、探しに行こう。
 せめて、何の仕事をしているのか聞きに行かなくちゃ。

 再び、うつらうつらとまどろみながら、アリスはゆっくりと身体から力を抜いた。





 男の手が、アリスの手首を押さえ込む。開かれた脚の奥。何度も何度も責められて、濡れそぼった秘所に、再び指が押し込まれて、アリスは声を上げた。
「も・・・・・やぁ・・・・・あ」
 再びぐちゃぐちゃと音を立てて掻きまわされて、求めるように腰が動く。ぼろっと涙が零れるのを舐めとり、男がゆっくりと笑った。
「反応が・・・・・随分と可愛らしくなってきたな」
 くすりと笑って、そのまま口付ける。徐々に唇が下がって行き、何度も触れられた胸の先端へと落ちていく。
 濡れた音を立てて吸い上げられ、あん、と声を洩らしたアリスが身をよじった。
「やっ・・・・・いやああっ」
 シーツを蹴るつま先に力が籠り、真白いそれが寄れる。びくん、と引きつる身体から、唐突に指を引き抜かれ、アリスは気が狂うかと思った。

 先ほどから上り詰める一歩手前で、行為を止められて、やるせない熱ばかりが身体の奥に溜まっているのだ。

「お・・・・・ねが・・・・・」
 ひくん、と愛液を吐き出し、強請るように蠢く秘所を曝したまま、アリスは切れ切れの呼吸の奥でやっと告げる。
 これ以上は耐えられない。
 全身が震え、どんな快楽も逃さないと敏感になっている。溶け切ったそれを持てあまし、潤んだ瞳で訴えかけるアリスに、男はにっこりと笑った。

「一度だけ、という制限つきだからなぁ・・・・・もう少し君の反応を楽しみたい」
 楽しませてくれるだろう?

 くつくつと喉の奥で笑う男を、殴りたい。奥歯を噛みしめるが、力が入らないアリスは、理性が吹き飛ぶ一歩手前で言う事の利かない身体を抱えて途方にくれる。

「どうしたいか、言ってみろ?」
 くっと顎を持ち上げられて、瞳を覗きこまれる。どろどろに溶けた色の滲む瞳が、懇願する。
 これ以上焦らされたら、狂ってしまう。
「お願い・・・・・もう・・・・・」
 我慢できない。

 艶めかしく己の脚を、男に絡めてアリスは腕を伸ばした。

「おねが・・・・・い・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

 さあ、どうしようか?

 くちゅん、と濡れて柔らかくなったアリスの秘裂に指を這わせる。浅く、入口付近をこすり、触れて欲しいと主張する花芽を押さえ込む。
 あっあ、と切ない喘ぎ声がこだまし、男は潤んだ蜜壺に唇を寄せた。

「あああっ」
 音を立てて吸われ、舌が蠢く。抱え込まれた脚が震え、耐えられず、アリスは己の手で力一杯シーツを握り締めた。
「駄目っ・・・・・だめえっ」
「欲しかったんだろう?」
 顔を埋めて、攻め立てたまま、男が可笑しそうに告げる。
「嫌なのか?」
 なら、止めるか?

 誰も受け入れた事の無い彼女の入口はすっかり緩み、男の指を咥えこむ。ぐりゅ、と中で指を折って擦り上げれば、感じるのか、か細い悲鳴を上げて彼女が首を振った。

「やぁ」
「・・・・・だから、嫌なんだろう?」
「ちがっ」
「どっちなんだ?お嬢さん?」
 言ってくれなくては、判らないぞ?

 楽しそうに告げる男に、アリスは最後の砦が崩壊するのを感じた。ここで止められたら、どうにもならない。
 その指を抜かないでほしい。
 どこまでも攻めて、落として欲しい。

「あっ・・・・・あ」
 濡れた声と瞳で見上げる女は、ぎゅっと自分の手を握りしめた。

「やめ・・・・・ないで」
「まったく・・・・・素直じゃないな」
 笑みを敷いて、男はずるっと指を引き抜くと、身を起こして彼女の脚を開いて持ち上げた。

「っ」

 震えるアリスの首に舌を這わせて、男はゆっくりゆっくり彼女を犯しに掛った。
 熱い楔の先端が、アリスの濡れて蕩けた入口に触れる。

「一度だけ、だぞ?」
 いいのかな?お嬢さん?

 意地悪く耳元で笑われる。早く止めが欲しい女はしかし、そこに含まれる意味を深く考えずただ、がくがくと首を振った。

「では・・・・・」
「あっ・・・・・あああっ・・・・・あんっう」

 散々弄ばれた身体は、痛みも無く。内側から熱量が押し寄せて。
 アリスは己を犯していく硬く、熱い質量に、全身悶えて、悲鳴のような声を上げた。





20101104