命懸けの二人目



 帽子の男の子に教えられた通り、森の道を行くと、やがて木々がまばらになり巨大な門が姿を現した。
 重厚な造りのそれの前に、二人の少年が立っている。赤を基調とした制服の少年と、同じデザインで青を基調とした制服を着た少年だ。
 二人は退屈そうに門に寄りかかっているが、手にはぎらりと光る物騒な斧が握られている。

「こんにちは」

 アリスが何か声をかけるより先に、別の道からやってきた、スーツ姿の男が、二人の少年に声を掛ける。
 何となく木立ちの陰に隠れて、アリスは成り行きを見守った。

「ここは帽子屋さんのお屋敷で間違いありませんか?」
「そーだけど?」
「お兄さん、誰?」

 双子がだるそうに門柱に寄りかかったまま上目遣いに尋ねる。ちょっと膨らんだ頬が壮絶に可愛らしい。
 ちょっともふもふしたいなぁ、なんてアリスが思っていると、「私はこういう物なんですが」とスーツ姿の男が背広の内ポケットに手を入れた瞬間。


「!?」

 アリスの見ている前で、そのスーツ姿の男の首が綺麗に吹っ飛んだ。

(ぎゃああああああああああ)

 悲鳴を上げて卒倒しそうになるのを、アリスは寸での所で堪えた。真っ赤な血が零れ落ち、音を立てて崩れ落ちた男の身体を朱色に染めていく。
 びくりびくりと痙攣するその男の身体を眺めた後、「駄目だよ、お兄さん」と返り血を浴びた青いほうの少年がにっこり笑った。

「そんな仕草をされたら、誰だって危険を感じるに決まっている」
「そうだよね〜兄弟。イタイけな僕らを突然ずどん、と撃つつもりだったかもしれないもんね〜」
「ほんと、危ないよね、兄弟」
「攻撃は最大の防御だもんね、兄弟」

 一番危ないのはお前たちの方だ、という突っ込みを呑みこみ、アリスはへたり込む様にしてその木の根元に座りこんだ。

 やはり、この世界のラスボスの居城を護る門番だ。
 道理は通用しないらしい。

(ど・・・・・どうやってここに雇われればいいのよ・・・・・)
 ていうか、無理じゃね?

 そうやってしばらく木の根元に座りこんで、二人を観察するのだが、やって来る者来る者、全て彼らの斧の餌食になるから、どうやってもここに乗り込む事は不可能だと、アリスは思い当たった。

 あの双子を倒すような武器も無ければ、斧から身を護る様な防具も無いのだ。

(まあ・・・・・勇者がすでに城内に潜入してるっていうから・・・・・その勇者さまが何となく世界をどうにかしてくれれば、私も多分帰れる気がするのよね)
 だって、私勇者じゃないらしいし。オーラないし。貧乳だし。
「って、そこ関係なくね?」

 思わずセルフ突っ込みをした所で、気配に気づいたのか二人の少年の眼差しがアリスに注がれた。

(うわっ!?)

 まずい。非常にまずい。
 自分は今、大木の根元に座りこみ、この二人を怪しくも観察していたのだ。このままでは、不審者と断じられて、あっさり斧の餌食になるのは目に見えている。

 慌てて立ち上がり、少年二人の眼差しが鋭くなる一歩手前で、アリスはにっこりと害のない笑みを浮かべて見せた。

 外面には定評があるのが、アリスだ。
 この外面だけで、この人生を乗り切ってきたのだ。

 ・・・・・・・・・・語弊のある言い方だが、仕方ないし、アリス自身、やるせない気持ちでそう思っている。

「こ、こんにちわ」
 大分声が引きつっている。足元にはばらばらの肉片と、むせ返るような香りの血だまり。身体が震えない方が可笑しい。
 青ざめて、でも完璧な笑顔で二人に切り出せば、何度もみた、冷徹すぎる雰囲気で少年二人が「こんにちわ」と返してきた。

(どうしよう・・・・・選択肢を間違えば、確実にこの血だまりに沈む事になる・・・・・)
 少年二人はじいっとアリスを見上げ、アリスも引きつった笑みを浮かべたまま、少年二人を見下ろす。
 一瞬でさまざまな事を考え、さまざまな可能性を模索し、どれが最良の答えかと判断に困っていると、不意に門の奥から「あ〜あ・・・・・まぁ〜たお前ら全部殺しちまったのか?」と不機嫌そうな声がした。

「あ、ひよこウサギ」
「なんだよ、何しに来たんだよ」
 明らかに態度の変わる二人が見上げた先に、背の高い、オレンジ色の髪の青年が立っていた。
 インテリ風でも無く、眼鏡をかけてもいない、ガタイの良い、どっちかっていうと体育会系のお兄ちゃんの頭には、ウサギ耳が揺れていた。

(しょ、衝撃の二人目っ!!!!)

 もしかして、親戚!?

 警戒するように、アリスは一歩身を引く。視界の端で何かが動くのに気付き、反射的にひよこウサギと呼ばれた青年が銃をぶっぱなした。

 耳に痛い破裂音。

 硬直するアリスを見やり、空色の瞳が細くなる。

「あんた、誰?」
「ああ、このお姉さん?」
「なんか不審なお姉さんでね」
「殺しちゃおうかなぁ、と迷ってた所なんだよね」
「へえ?」

 冷たいだけだったひよこウサギの顔に、凶悪な笑みが過る。ぞっと背筋が凍るような、悪い笑顔だ。

「何々?そんな可愛い顔して、不審者なわけ?」
 あんた、どこの組織のもんだ?ここが帽子屋ファミリーの本拠地だって知ってて来たんだろ?

 じりじりと近寄り、門扉越しにじろじろと眺められる。ぶしつけな視線に、足がすくんだままのアリスは唇を噛んだ。
 今すぐ逃げ出したい。ここから逃げ出して、この屋敷に囚われていると言う勇者に期待したい。

「ブラッドに取り入ろうとしてくる女は沢山見たけどさぁ・・・・・あんたみたいな貧相なの、初めて見たぜ?」

 ひき、とアリスのこめかみが引きつった。

「貧相は貧相なりに、それなりに見られるような格好で来るってのにさ〜、あんた、ブラッドのこと馬鹿にしすぎじゃね?」
 だとしたら、俺の敬愛する上司を侮辱した罪で、死んでもらわないと。

 にたり、と笑い、ホルスターから拳銃が引き抜かれる。
 その様子を見詰めながら、アリスは怒りと羞恥と馬鹿にされた口惜しさから、力一杯ひよこウサギを睨みつけた。

「あんたみたいなウサギ面の男に言われたくないわね。女っていったら、男に媚びを売るのが全てだと思ってるわけ?帽子屋さんとかいうのが、どれくらいの器の男か知らないけど、見た目で判断して殺すような男ならろくなもんじゃないわね」
「んだと!?」
「あはははははは、お姉さん、ナイス!」
「いいねいいね、ウサギ面〜!ウサギ面のひよこウサギ〜!!!」
「うるせぇ!!!」

 鼓膜を突き破るかのような銃声が木霊する。だがそれはアリスに向かって放たれた物ではなく、門を護る二人の少年に向かって放たれていた。彼らは手にしていた斧で、銃弾を回避し、尚且つひよこウサギに斬り掛って行く。

「やーいやーい、図星を刺されたからって怒るなんて大人げないな!」
「そうだよ!だから動物は堪え性がない、てボスに言われるんだ〜!」
「うるせぇ!!!!ガキ共よりよっぽど俺の方がブラッドの役に立ってるんだよ!!!!」


 しばらく三人の戦闘が続き、アリスはこの隙に逃げ出そうかと考える。だが、貧相な身体で色仕掛けなんかするな、と言われた事にどうにもむかっ腹が立っていて、三人の攻撃を縫って、門扉に手を掛けた。

「!?」

 三人が同時にアリスを見る。

「生憎だけど。私はあなた達のボスに用が有って来たんじゃないの」
 なるべく、威厳が有るように見えればいい。ただの小娘に見られませんように。
 怒りと言うのは時に、信じられない度胸をもたらす。一瞬気圧されるひよこウサギをその目に認め、アリスは「私は勇者に用が有ってきたのよ」と睨みつけるようにして言い切った。

「勇者・・・・・って、あの?」
「この間うちに来た?」
「勇者アリスの事?」
「そう、勇者あり・・・・・勇者アリス!?」

 途端、アリスは仰天した。

 勇者アリス。

 それはまさしく自分の事だ。だが、彼らの言い分からして、どうやらそれは自分を指しての事ではないらしい。

 何となく、嫌な予感がする。

(もしかしてこれは、本当に水戸のご老公のパターンじゃ・・・・・)

「あんた、アリスの友達か?」
 銃をアリスに向けたまま、だが、途端に表情の変わるひよこウサギに、アリスは「ええ・・・・・その」と言葉に詰まる。

 この際だ。
 先ほどの設定を有効活用しよう。

「私はアリスの妹なの」
「妹!?」
「へ〜、お姉さん、お姉さんの妹なんだ〜」
「んだよ・・・・・それならそうと先に言えよな」

 やっぱり銃をアリスに向けたまま、人懐っこい笑みを浮かべるひよこウサギに、アリスはきょとんとした。
 ど、どういう変わり身の早さだ。

「と、とにかく姉さんに合わせてもらえないかしら」
「それは・・・・・」

 身を乗り出すアリスに、ひよこウサギが困ったように顔をしかめた。

「なあ・・・・・お前、勇者なのか?」
 ちらり、と空色の瞳に物騒な色が宿る。多分、アリスをここに入れて良いのかどうなのか迷っているのだと、アリスは反射的に悟った。
 だから、アリスは自分が勇者だと言う事は隠す作戦に出た。

「違うわ。私は勇者の妹で、どちらかと言うと、ただの村人Aよ」

 まさかここで、ピンクの猫の設定を借りる事になるとは。屈辱の設定だ。

「そうか。やっぱり勇者は一人だけか」
 警戒するような色味が消えて、ひよこウサギはぱっと顔をほころばせる。ここまで警戒を解くのもどうかと思うが、と内心心配するアリスを余所に、「会えるかどうかわかんねぇけど、取り敢えず入れよ」と早くも友好的だ。

 先ほどまでの殺気は一体何なのだ。
 本当に・・・・・こんなんで良いのか?

「あ、ありがとう」
「どうぞ、村人のお姉さん」
「入って入って村人のお姉さん」
「帽子屋ファミリーの屋敷にようこそ」

 がごおおおん、と鉄の擦れるような音がして門が開き、アリスは何とかしてミッション1である、帽子屋屋敷への潜入を果たした。

 感慨は薄いが。


「で、アリスに何の用なんだ?」
 広い庭を、屋敷に向かって歩きながらひよこウサギが訪ねてくる。物珍しそうに敷地を見渡していたアリスは、「え?」と困惑気味に声を上げた。
「と・・・・・突然姉さんが居なくなってしまって・・・・・それで、姉さんが帽子屋さんに連れ去られるのを見た、ていう人がいたから・・・・・」
 ここに来たら会えるかと思って。

 ようやくそれだけ答えると、「あ〜、なるほどね」とひよこウサギが苦笑した。

「あんたには悪いけど・・・・・アリスは多分、帰れないと思うな」
「そう・・・・・って、えええええ!?」

 声を荒げるアリスに、ひよこウサギが渋面で頭を掻いた。

「うちのボス・・・・・帽子屋ファミリーの筆頭、ブラッド=デュプレが嫌いな物は、昼間とコーヒーと、紅茶ハンターと勇者だからさ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へえ」

 なんだそれは。

「だから・・・・・その・・・・・勇者アリスも・・・・・帰れないと思う」
「それって・・・・・殺されたってこと?」
 眉間にしわを寄せるアリスに「違う違う」とひよこウサギが手を振った。
「そうじゃなくて・・・・・その・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・世間に出られない身体にされてるって言うか」

 穢す云々のくだりを思い出して、アリスはかあっと真っ赤になる。

「いや、ブラッドもそんなガキじゃねぇんだから、まあそのなんだ・・・・・女に無理を強いるとは思えないけど・・・・・でも、勇者だろ?嫌いなものだし、えっと・・・・・なんていうか・・・・・」
「酷い事されてるかも、ってこと?」
「連れて来てから、一度も俺達アリスに会ってないしな」

 くらくらと眩暈がする。

 その金髪でふわふわ〜っとした美少女勇者アリスの行く末が案じられる。
 一体どんな酷い目にあってるのか、アリスのような凡人には到底想像できない。出来る範囲なら、鎖で縛られて、永遠と嬲られているようなイメージしかない。
 それだけでも、苦痛だ。

「そう・・・・・殺されたりはしないのかしら?」
「どうかなぁ・・・・・面倒になったら殺されるかもな」

 恐ろしい男だ、ブラッド=デュプレ。
 絶対に関わり合いになりたくない。
 この世界のラスボスだということだけど、アリスの使命は別にそのブラッドを倒す事ではない。
 恐らく、金髪のアリスがその使命を担っているのだろう。だから、ブラッドもそれを感じとって、そっちを拉致して行った筈だ。
 ということは、自分はブラッドとは関係ない。自分のミッションを遂行しよう。

 早くも「危ないものには近づかずに回避せよ」というコマンドを選んで、アリスは歩を止めるとひよこウサギを見上げた。

「私、姉さんには会えないのかしら」
「うーん・・・・・ブラッドに聞いてみないとなんとも・・・・・」

 それは困る。
 勇者の妹がやってきました、とブラッドに告げられて、興味を示されたら厄介だ。

「ねえ、ひよこウサギさん」
「俺はウサギじゃねぇ!!!!」
「ああ・・・・・え?そうなの?」
「そうだよ!俺はブラッドの犬でエリオット=マーチってんだ」
 ああ、エリオットと言うのか。でも、どうみても犬じゃない。その耳は怨んでも余りある、でも可愛すぎてどうしてくれよう、というウサギ耳だ。

 だが、本人はそれを気にしているらしい、と見て取ったアリスは愛想よく笑って見せた。

「ねえ、エリオット。私、ここでしばらく働かせてもらえないかしら」
「え?」

 目を見張るエリオットに、アリスは精一杯可愛らしくお願いしてみた。

「そんな状態なら、多分姉さんも私には会いたくないと思うの。正攻法で尋ねて行ってもきっと会えやしないわ。だから・・・・・そうね、メイドか何かとして雇ってくれたら、姉さんの世話の為に会いに行けるでしょう?」
 駄目かしら。

 瞳を潤ませて見上げると、う〜ん、とエリオットが腕を組んで考え込む。

「今日から新しいメイドが来る予定だったんだが・・・・・それを全部門番どもが殺しちまったから、渡りに船、っていうんならそうなんだけど」
「そうなの!?」
 なら何の問題も無いでしょう?
「私はただの村人Aなんだし。ね?」
「う〜〜〜〜〜ん・・・・・」
「お願いっ!迷惑はかけないし・・・・・私、姉さんに・・・・・会いたい一心でここまで来たのよ?」
 判って、エリオット。

 ぎゅっと両手を組み合わせて見上げると、がりがりと頭を掻いていたエリオットが、渋面でアリスを見下ろした。

「判った。んじゃ、あんたはこの屋敷に今日から雇われる事になってたメイド、ってことでいいな?」

 ありがとう、とアリスはエリオットの首筋に抱きつきながら、にたりと笑みを浮かべるのだった。




20101029