ケース7 兵蔵君

 実際の運動機能訓練の結果を報告するわけですが、専門用語が登場します。一部を「☆」で簡単に説明いたします。

☆ チェアサポーター:一人で椅子などに座ることが困難な人に対して、椅子からずり落ちたり姿勢が崩れないように保持する紐状の固定用品。

◎ 我が子の発達経過
 A大学病院で胎児のエコー検査を行い、胎児の腹部に腫瘍らしき影が確認でき、先天性間葉芽腎腫ではないかと疑われました。
 妊娠30週で、羊水過多により入院して安静措置となりました。数回に渡り羊水を抜いていましたが、羊水過多は治まらずに、35週で帝王切開の予定となり、予定日の2日前に破水し、緊急手術となりました。
 2006年05月に2759gで産まれました。(うち腫瘍が300g)ほどでした。
 生後は、黄疸が少し出ていましたが光線治療を行い、自発呼吸が安定していたので、保育器には入りませんでした。
 1週間後、先天性間葉芽腎腫のために、左腎臓の摘出手術を受けました。
 翌朝、見に行った時にはすでに呼吸が苦しそうで、顔色が黒色をしていました。「苦しそうです」と看護師さんに伝えましたが、「術後、一生懸命呼吸してるんです、大丈夫です」といわれました。
 しかしその夕方、「腹腔内で内出血が起きている」ということとなり、緊急手術が再び行われました。2時間程の手術の予定でしたが、7時間かかりました。「どこから出血しているかわからず、あらゆる箇所をボンドで止血しました」と報告を受けました。
 貧血状態→輸血→挿管、呼吸管理。「今、彼は一生懸命生きようと頑張っています。今夜が山でしょう」といわれました。
 手術前は、「腎臓は一つになってしまうが、トップアスリートのようにガンガン運動することは難しいかもしれませんが、日常生活や普通の運動は問題ない」といわれていたのに、まさかこのような事態になるとは想像もしませんでした。
 奇跡的に乗り越えてくれて、その後は母乳も飲める程に回復しました。
 再手術時の出血には輸血をしていましたが、呼吸が苦しそうで、顔色が黒色をしていたことを思い、退院時に脳の状態が心配なので調べてくださいと依頼しました。回答は、「今、現在は大丈夫」とのことでした。
 手術を受けた小児外科病棟を2ヶ月ほどで退院しました。
 退院後の検診の都度、「首の反りが強い、足が突っ張る、首のすわりが遅い」を訴え相談したが、「大手術の後で、その影響もあるかも・・・ちょっと様子を診ましょう」といわれ続きました。7か月の時に、やっと脳のMRIを取ることになりました。
 MRI検査の結果は、初対面の脳外科の医師に丸投げされ、「お子さんの脳の状態はこれです」と見せられた画像は、中心に小さな脳らしき白い部分が有ったが、周りは真っ黒でした。脳が滑落した状態とのことで、「これが現実です」といわれました。だが、妊娠中の入院で、羊水が多い時に子どもの位置を確認するために、私の腹部をMRIで撮った際、子どもの脳がしっかりと写った物がありました。それとは全く違った映像が、目の前に提示されたのです。
 羊水が多い時のMRIと、今回のMRIを頭の中で比較しながら聞いた医師の言葉は、「このようになったお子様は、ここでは診れません。療育センターを紹介します」と冷たく淡々といわれたのを昨日のように覚えています。
 そして医師から伝えられたのです。「低酸素虚血脳症です」、と…。
 A大学病院に不信感を抱き、全ての資料を持ちB医大学病院に転院しました。
 「今までハビリテーションを行っていなかったのですか?」と驚かれた。「すでに身体が固くなっている、すぐに始めます」と8ヶ月でハビリテーションが開始されました。
 1歳の時に、「臼蓋形成不全で亜脱臼している」といわれました。「もう少し年齢が上がれば、手術ができるのだが、筋の異常緊張が強いのでそこまでもたないかも…、脱臼してしまうかも」といわれていました。
 兵蔵は、首は反り返り、腕はW字状に固め、全身棒状に強ばり、呼吸は浅く、小刻みに震えていました。このような兵蔵の身体を少しでも和らげるためには、異常な筋緊張が和らぐ姿勢として、身体全体を丸めるように、足を丸めて首は丸めて抱えてだっこしているしかありませんでした。夫と交代で抱き抱え、一日中その姿勢で大半を過ごしていました。寝たと思い布団に下ろせば、その瞬間憤怒し、真っ青に息止め。仕方なくソファーで抱き抱え仮眠をとる。このような生活がどのくらい続くのか、この子は生きてて幸せなのか…。しかし、辛いのはこの子本人だと考えれば、かわってあげれない、なら少しでも良くなるように、少しでも楽に過ごせるように、そして笑顔が見れるように…。親としてやってあげられること。夫と情報を集めて勉強しました。色々な人の話も聞き、良いと聞く病院にも行きました。正しいと思う選択が親ができるように。
 いわれるままに「そうですか」となるのではなく、ますます知識を深めて対応しなければならないなと思いました。

∞ 訓練と兵蔵君を囲む出来事
 1歳6ヶ月を迎えた兵蔵君と会い、全身の異常な筋緊張に驚いたが、丁寧なストレッチによって、全身の筋緊張が低下することがわかりました。
 訓練内容として、全身のストレッチ・肘立て位・腕立て位・各種座位保持・寝返りとしました。
・ 訓練を開始して2週間後:肘立て位で頭部を持ち上げていることが増えている。
・ 訓練を開始して1ヶ月後:好き、嫌いな姿勢がはっきりとしてきている。
・ 訓練を開始して1年2ヶ月後:肘立て位では、頭部を持ち上げることもあるが、訓練開始の時からほとんど変化がない。
 股関節亜脱臼が進んではいないようだが、股関節の開キが悪くなっている。整形外科での手術の必要性を保護者に伝える。
・ 訓練を開始して1年4ヶ月後:兵蔵君の通う療育通園でのできごと。
 3歳を目前として、他の病院で整形外科の手術を考えていたが、通園の整形外科で股関節の手術について尋ねてみたところ…
 「重度のお子さんは、全身状態を保つことを考えたのが良い。股関節の手術は、命に関わるものではない。危険をおかしてやる必要はない。脱臼時にちょっと痛いかもしれないが、外れてしまえば痛くない。この療育施設では、大体つかまり立ちを見込めるお子さんを対象に手術しています。お子さんは対象外です」と、はっきりいわれました。
 「脱臼することで側弯や身体の変形が進み、口からの食事ができなくなったり、呼吸困難とならないのですか? 脱臼後に良い影響がないのでは…」と尋ね返すと…
 「手術をやったとしても皆、戻ってしまうんだよね…」と…
・ 訓練を開始して1年8ヶ月後:左下肢の筋の異常緊張が著しく、痛いのか筋緊張がとても強い。ストレッチを行っても、丁寧に行っても、筋の異常緊張は柔らがない。
・ 訓練を開始して1年10ヶ月後:股関節・膝関節の両関節周辺筋の筋解離術を受ける。
・ 術後4週間後:術後の訓練開始。
 全身の異常な筋緊張が低下しており、順調のようである。
・ 訓練を開始して2年3ヶ月後:全身が屈曲傾向となっている。
・ 訓練を開始して2年6ヶ月後:体調が良いのか、身体の異常な緊張が和らいでいる。
・ 訓練を開始して2年7ヶ月後:腎摘出手術後に、腹腔内の癒着があったもようで、その癒着を剥がすための手術と噴門部の縮小手術を受ける。
 術後の体調はとても良い。
・ 訓練を開始して2年10ヶ月後:LSを使っての立位練習に入る。筋力強化やバランス練習の他に、股関節に荷重をかけることが重要な目的。
・ 訓練を開始して3年後。作成した座位保持椅子に座ることが苦手なのか、あまり座っていられないとのこと。座位保持椅子への座り方を確認すれば、背もたれを立て、尻を深くすることによって改善できると指示する。
・ 座位保持椅子のチェックを終えて1週間後:通園でも座位保持椅子を指導したように使うと、今のところ調子が良いとのこと。
・ 訓練を開始して4年6ヶ月後:チェァサポーターを使用開始。
・ 訓練を開始して5年8ヶ月後:脊柱側弯予防のために、筋解離術を受ける。
・ 訓練を開始して6年8ヶ月後:ゼコゼコとして呼吸が困難なので、首の周囲の筋解離術を受ける。

◎ 兵蔵君の現在と今後の期待
♪ 保護者の感想
 我が子と手をつないでの散歩は無理でしたが、身体の変形も無く痛みも無く、笑顔の子を乗せた車椅子での散歩も、合併障害の子どもにとっては、幸せな人生なのかも知れません。
♪ 指導した者から見た感想
 訓練を通じて何が可能となったといえる姿勢や動きはないが、何回もの手術を受けたその効果を失うこともなく、股関節脱臼、脊柱の側弯、気管切開等にはなっていません。
 重度・重症の合併障害の子どもにとって、身体の二次障害ともいわれる股関節脱臼や脊柱の側弯は、避けて生涯をおくりたいものです。その為には、適切な適時の整形外科手術と、その後の運動療法が行われなければなりません。
 どちらかの一つでも適切さを欠けば、股関節脱臼や脊柱の側弯から逃れなくなってしまうのです。
 「股関節の手術をしても、脱臼となってしまう」といわれていますが、それは術後の運動療法と処置の方法に問題があると考えられます。正しく運動療法を行い処置の方法を間違えなければ、ほとんど脱臼することなど無いと思います。
 今後も現状を維持できるように、運動療法を保護者と共に努力していきたいと考えています。



 製作 LS-CC松葉杖訓練法 湯澤廣美