ケース5 晃君

 実際の運動機能訓練の結果を報告するわけですが、専門用語が登場します。一部を「☆」で簡単に説明いたします。

☆ CC:クローラーのことで、Crawling Carです。
  CC1度:クローラーに子どもの胸や腹を乗せても、手で支えることもできません。
  CC2度:クローラーに子どもの胸や腹を乗せてあげると、手を突っ張ることができるが動くことはできません。
  CC3度:クローラーに子どもの胸や腹を乗せてあげると、自由に手を動かして動き回ります。
  CC4度:クローラーに子どもの大腿部を乗せてあげると、自由に動き回ります。
  CC5度:クローラーに子どもの下腿部を乗せてあげると、自由に動き回ります。
☆ ポニー歩行器:歩行器と称して使われていますが、玩具の一つと考えたいです。

◎ 我が子の発達経過
 晃の妊娠の経過は順調で、予定日の2007年03月の出産となり、正常分娩で3712gで産まれてきました。
 生後3ヶ月半頃、部分癲癇を発症して、地元近くの市立病院にかかりましたが、大学病院を紹介されて転院し、4ヶ月半頃に転院先の大学病院でウエスト症候群に移行しました。
 ウエスト症候群となって、ACTH療法を開始、ACTH療法終了後に左側後頭部付近に脳血腫ができました。理由はACTH治療の際に、大学病院の処置台から落とされたことが原因だと私は思っています。その為かと思いますが右側の半身は、左側に比べて力が弱くあまり使おうとしないようなのです。
 生後9ヶ月時、脳梁離断の手術を受けました。その後、合併症で硬膜化水腫になり、シャントを入れましたが、現在はシャントは外れています。
 理学療法訓練に入ったのは1歳1ヶ月で、それまで入院生活で訓練ができていませんでした。寝返りもできていなかったので寝返りの訓練から始まり、すぐに寝返りはできるようになりました。
 寝返りができるようになると腹這いの訓練を行い、2歳1ヶ月で腹這いも始めたのです。床に座り保持する訓練、ポニー歩行器に乗って歩く訓練をしていました。
 外来理学療法訓練を受けるために、有る施設で小児科医師の診察を受けました。その診察時に… 「ウエスト症候群の発作が残っているようでは、歩くことはできないでしょう」といわれました。
 晃の運動機能はあまり進歩しているとは思えず、今後のことをどうしようか考えていた時、お友だちにLS-CC松葉杖訓練法のことを教えてもらい、訓練を始めることとなったのです。

∞ 訓練指導に当たる者から見た晃君の変化
 3歳5ヶ月の晃君を始めて診た時、どうしてこうなっているのかわからない点がありました。
 晃君は腹臥位か仰向けで過ごしており、気ままに寝返りをしたり、腹這いでどこかに向かって移動している。ここまでには何の疑問も無く診てきたのですが、晃君を立たせて左右前後に身体を斜めに傾けても、身体が頭から足先まで曲がることも無く、まるで電柱を立てているようで、どれ程倒れてもそのままの姿勢でいるのです。
 自分で床に座ることができず、誰かに座らせてもらえば赤ちゃん座りで座っているのです。お母さんに、晃君がうつ伏せの姿勢から尻を持ち上げるように股関節と膝関節を曲げ、手の力で体幹を起こし、座る方法を見せて指導し、家でも練習を行うように伝えました。
・ 訓練を開始して2週間後:一人で床に座る練習の他に、スタビライザで立つ・クローラーで手歩きをする・松葉杖を使って、手足を交互に出す練習の3点を訓練に加える。
 スタビライザでは、立っていられるが、腰からの屈伸はできない。LS2度。
 クローラーでは、腹部をクローラーに載せて、後ろから前に押してあげると、交互に手を出す。CC2度
 松葉杖では、杖を持たせても立っていられない。松葉進度1。
・ 訓練を開始して2ヶ月後:自ら床に座るようになる。座ると割座となる。
・ 訓練を開始して3ヶ月後:松葉杖訓練がだいぶできるようになる。
・ 訓練を開始して5ヶ月後:松葉杖の操作を覚える様子が見えないので、歩行器歩行も併用することとする。
・ 訓練を開始して6ヶ月後:家庭内で四つ這い移動をするようになったとのこと。
・ 訓練を開始して1年3ヶ月後:家庭内だけでなくどこでも四つ這い移動を行うようになる。
 松葉杖歩行訓練、歩行器での歩行訓練、どちらもあまり嫌がることもなく、ずいぶんとできるようになる。
・ 訓練を開始して1年10ヶ月後:松葉杖歩行や歩行器歩行が可能とならないが、立位姿勢や歩行バランスが良くなってきているので、両肩を介助しての独歩練習も訓練に加える。
・ 訓練を開始して2年5ヶ月後:テーブルなどにつかまり立ち上がるようになり、そのままテーブルにつかまり伝い歩きもするようになる。
・ 訓練を開始して2年6ヶ月後:立位にさせると数歩の独歩を行うようになる。
・ 訓練を開始して3年後:立位にさせると屋内の廊下を数十メートルほど歩くようになる。
 階段昇降を訓練に加える。
・ 訓練を開始して3年7ヶ月後:特別支援学校に入学。
 この数ヶ月の間、独歩の距離や階段昇降にあまり変化が無い。その理由を考えてお母さんに尋ねてみた…
 「独歩を行うようになりましたが、手つなぎで歩かせてばかりいると、独歩の能力がアップしないが、それで良いのですか? 独歩を望むならば、手つなぎでの歩行はできるだけ止めるのが良いと思うのですが…?」 この問いに対して、考えをまとめていたのか…
 「独歩をして欲しいのです。確かに私も学校でも手つなぎでの歩行が多かったように思えます。私も晃と歩く時には片肩を介助したり、洋服の一部を持つようにします。そして同じことを学校にたのんでみます」 このような考えが帰ってきたのです。
 お母さんと話をしてその翌週:独歩が安定している。家庭や学校での取り組み姿勢によって、これ程の違いがあるのか…?
・ 訓練を開始して3年9ヶ月後:立位にさせると、屋内の廊下を自由に独歩している。廊下の壁や手すりに捕まり立ち休みをしている。
・ 訓練を開始して4年10ヶ月後:床から一人で立ち上がるようになる。
 階段の昇りで、手すりを握らせると交互に昇るようになる。

◎ 晃君のその後
♪ 保護者の感想
 一人で歩く喜びを知った晃によって、屋内外の介助方や気配りする内容が変わったようなのです。
 歩く前は、家の中での行動範囲は、一階の和室とダイニング・リビングで遊んでいたが、今では一人で階段を昇って二階に行くようになり、二階でしばらく自分の行きたい部屋で気に入った物で遊び、飽きたら階段を一人で降りるのは怖いようで、二階の階段の手前で「あぅー」と声を出して、私が近くに行くのを待っているようになりました。
 平坦な所での歩く距離も長くなり、お出かけでのバギー使用も無くなって楽になりました。そんなお出かけ先のホームセンターで、少し目を離したすきに行方不明となり、まさかと思いながらも店外に出て見たならば、自分の好きな車に向かって歩いていました。事故が起きなくて良かったと思いました。自由に外に出るとは思わなかったので、歩くようになったことで目をもっと配らなければならないと反省しました。
 独歩するようになって、移動手段を獲得しただけでなく、「いらいら」することが減りました。今までは常にイライラしているように見えましたが、独歩することが好きとなってからは、野外活動も好きになり、イライラしても少し散歩することによって、気が紛れるようになったようで、気持ちの切り替えも早くなったようです。
 歩いて外出ができるようになったことで、行く場所に段差や階段はないか? エレベーターは有るかリサーチして、行けない場所、行ける場所、制限が有りましたが、階段の昇降ができるようになってからは、色々な場所に行けるようになりました。
 歩かせるためには、気をつけないといけないこともあるが、本人が一番喜んでいると思えば、本人が喜んで日常生活が送ることが、親にとっての喜びです。
 成長した我が子の手を引き、いや、引かれているのは私かも知れないのだが…
 住宅地や買い物の街角で、我が子と手をつなぎ歩くことができるこの喜びを、障害をもつ全ての子どもの保護者に伝えてあげたい!
♪ 指導した者の感想。
 あの幼児期に、「ポニー歩行器に乗って歩く訓練を…」を継続していたならば、独歩に至ることはなかったのかも知れません。
 どの地方の療育現場でも、何故に子どもに正しい運動能力を与えられるような指導が行われないのだろうか?
 指導者にとって痛くもかゆくもないでしょうが、指導を受ける子どもとその保護者にとっては、運動能力がどのようになるのかによって、人生が変わり生涯のQOLが違うこととなるのです。



 製作 LS-CC松葉杖訓練法 湯澤廣美