「釜石便り」  2016・12月


                           
       ※写真の無断使用はお断りしております。


今年一年(12/27)

今日の釜石は雨が降っています。
釜石は雪もなく、寒さもほどほどで、比較的穏やかな年末となっています。

悲しいことに、今年も大規模な災害が多く発生した年でした。
4月には熊本で大震災が起こり、10月は鳥取で大きな地震がありました。
8月は台風10号による豪雨で、岩手県沿岸部も大きな災害に見舞われ、年末には新潟県糸魚川市で大火災が起きてしまいました。
日本国中で次々災害が起き、被災者が出ることに、気持ちも落ち込んでしまいます。

皆様の今年一年はどんな年だったでしょうか?。
今年一年良かった人、悪かった人、いろいろでしょうが、私の方はあまりいい年ではなかったような?。

電信柱の光回線接続不良によるネット回線の不通から始まり、仕事用パソコン、そして新旧ハードディスク2台が立て続けに故障するといった事態が起きてしまいました。
余裕があれば、高性能な仕事用パソコンが欲しいところですが、今は仕事の方も全くのオフシーズン。
もう1台の低性能パソコンで今はやりくりしていますが、仕事用カメラとプリンターの方も間もなく買い替え時期が来そうな頃で、今は我慢の毎日です。

またギャラリーの方は、せっかく見に来てくれたのに、私が仕事で出かける直前だったり、母の入浴車の時間だったりのタイミングで応対もできず、大変失礼した年でもありました。
こんな状態では申し訳なく、当面はギャラリーの方も、積極的にご案内できない状態が続きそうです。

仕事の方も、今年は今までにないほどの長い仕事が多く、撮り始めから納品、入金まで時間のかかった年でもありました。
天候もあまり良くなく、イメージ通りの写真でないまま納品となったものも出てしまい、自分としては情けなく、本当に残念でした。

趣味のトンボ観察も、今年こそ釜石でカトリヤンマ発見!と行きたいところでしたが、夏に大雨の被害があり、水辺の環境が大きく変わってしまい、なかなかトンボ探しができませんでした。

去年秋から始めたウォーキングで、68kgあった体重が61kgとなりました。
最近は毎日ウォーキングしているわけではありませんが、甘いお菓子はお昼1回にし、連夜のコーラがぶ飲みも、ここ半年位していません。
ただ夜はマーガリンたっぷりのトーストをついつい食べてしまいますが、夜になると口が寂しくなる病気なのかも?です。

でも来年は酉年、私の年でもありますので、いい年になるよう願っています。
もちろん皆さんのご多幸もお祈りしております。
今年一年間、いろいろありがとうございました。


12/26に大平にある墓地公園展望台から釜石の夜景を撮りました。

距離があるので望遠撮影となりますが、山の中腹まで続く釜石市街地と港の醸し出す夜景は、夢のようできれいです。
S字カーブした高架橋バイパスの車の明かりと桟橋のクレーンの明かりも、夜景のアクセントになっています。
やはり夜景は、港がある街ならではです。

下側に明るく見える所は甲子川水門で、現在3基の門柱が完成しています。
公共埠頭から港町にかけての海沿いに、窓のある防潮堤が続いているのも見えます。

来年は災害のない、いい年になりますように!。




今年の7/29は、大渡小学校時代に愛知県に転校していった同級生のS子とお兄さんが釜石に来て、会食に呼ばれました。
S子とは47年ぶりの再会となりますが、震災後に見舞いの電話をもらい、お兄さんは私の兄とも同級生です。
しかも私がサンルートで働いていた頃の同僚Kさんが、何とS子とは従姉妹の間柄でした。
世の中本当に狭いものですが、震災がきっかけで、再会できる事って結構ありますよね!。


今年の8/31は夢のような事が起きました。
釜石便り10/4号でもお伝えしましたが、何と、家の前にギンヤンマの楽園が出来、次に向かった大渡川でもギンヤンマの連結産卵が多く見られました。(写真)

私が写真をやるきっかけとなったトンボの写真の中で、永遠のテーマが、このギンヤンマの連結産卵の写真を撮る事でした。
水田や池沼のほとんどない釜石ではギンヤンマは少なく、釜石市内で連結産卵の写真を撮ることは至難の業でした。

私が子供の頃、大渡川の三の橋下流の河原には、製鉄所のお湯が流れる池があり、夏はいろいろなトンボが集まりました。
中でも、ギンヤンマの連結産卵のオス・メスを同時に網で捕ることが、子供の頃の憧れでもありました。
その後池は無くなり、大渡川のギンヤンマもほとんど見かけなくなりました。

それが震災後の2,012年の夏には大渡川で大量発生し、写真人生38年目にして、初めてギンヤンマの連結産卵を撮ることができました。
今年の台風10号通過後の大雨被害の翌日には、まさか大渡の家の前にギンヤンマが群れ飛ぶ事など、ありえない事も起きました。
この時ばかりは、私の命がもうすぐで、それを知った神様からの最後のプレゼントなのかも?と、この幸運をつい疑ってしまいました。


9/10は弟分のYと懐かし同窓会で、思い出の地「女遊部」を歩きました。
Yは当時小学生、私は大学生で、家も隣同士、血気盛んな虫捕りの仲間でもありました。
お互い歳を取って、当時の虫捕りの感激は少なくなりましたが、久しぶりに昔話をしながら歩いたのも、今年のいい思い出となりました。
今は内陸勤務ですが、定年後に釜石に戻ってきたら、私の懐かし同窓会の茶飲み友達となる予定です。

写真は、当時虫捕りしか頭になかったので立ち寄る事もなかった女遊部の千丈ヶ滝です。

皆さん、よいお年を!。



最近の楽しみ(12/21)

今日の釜石は晴れたり曇ったり。
このところ比較的暖かい日が続いていますが、早いもので今年もあとわずか。
クリスマスも終わればすぐに年越し、新年と続きますが、月日が経つのが本当に早いと感じる今日この頃です。

私事ですが、写真データのバックアップの方も、すべて終わったわけではありませんが、何が何でも残したいと思う写真はすべてバックアップしました。
ただ、カメラもそうですが、パソコンやハードディスクも、この先、故障や画像消失のリスクを常に背負いながらやっていくしかないのかなと、少々悲しい気持ちにもなったりしています。

今BSで午後1時からやっている「赤い運命」を毎日見ています。
昭和51年の放送当時は見ていなかったようで、今一番好きな番組になりました。
東日本大震災にもつながる伊勢湾台風の当時の映像から始まり、複雑な人間関係と宇津井健や志村喬、岸田今日子や有馬稲子、三國連太郎などの昭和の名優に交じって、悲しい役の山口百恵。
昭和という時代背景を楽しみながら、懐かしいテレビドラマをしみじみ見ています。


避難道路の山の中から、釜石市街地の夕景です。
手前に見える市役所前は空き地が目立ちますが、ホテルの建物に交じって復興住宅があちこちに建ちました。
夕景を見ながら、いつも釜石の昔の事を思い出したりしています。


12/19には八雲町にある大天場公園の裏山に登り、釜石の夜景を撮りました。

手前左下に見える学校は、八雲小学校があった所に建つ釜石中学校です。
一中・二中・小佐野中が、まさか統合になるとは思いませんでした。

画面のど真ん中が釜石駅前です。
光の帯は大渡から鈴子、五の橋にかけての国道ですが、大渡橋以東の中心市街地には、高い建物が増え、夜景の明るさもひと際増してきています。
人口はかなり減りましたが、釜石の夜景は昔からきれいです。



甘太郎食い納め(12/9)

今日の釜石は小雨のち晴れ。
8日朝はうっすら雪景色となった釜石ですが、日の出とともに雪はすぐ消え、昨日・今日は暖かな日中となっています。

最近、今まで撮影した画像をすべて見直しています。
例年12月の今頃は仕事もほぼ終わり、撮影した画像のチェックや反省点などを調べ、次の撮影に備える時期でもあります。

同時に、なかなかできなかった画像のバックアップもしていますが、震災後の貴重な記録写真やなかなか撮れないような風景写真は、外付けハードディスク4台とDVD2枚に入れています。
トンボの貴重なシーンを撮った画像なども、ハードディスク2台とDVD2枚にバックアップしています。

今年は外付けハードディスクが2台も故障してしまいましたが、そのうちの1台は、買ってから4か月で故障となりました。
画像を外付けハードディスク複数台に入れておくのは万が一の故障に備えるためと、DVDに焼くまでの間の時間稼ぎの為でもあります。
ただDVDに焼くときに、ほとんどの撮影で、1枚のDVDに入りきれないくらい撮影するので、減らして入れるのも一苦労です。
また家族写真などもプリントしたいと思っていますが、撮影した画像が膨大な量だけに、そこまでなかなか手が回りません。


石応禅寺の墓所高台から、釜石市街地の夜景を撮りました。(11/30)
復興住宅が次々建ち、釜石の中心街は暖色系の明かりが増えました。
浜町にできる復興住宅の完成時期が延びたので、只越に新たにもう1棟復興住宅が建設されることになりました。


12/3は薬師公園に上り、高台から釜石市街地の夜景を撮りました。
写真中央の明かりがこうこうと点いている建物は、青葉通り交差点に建つ復興住宅大町4号です。

右端はイオンタウンと市民ホールの建設工事の明かりですが、大型クレーンのある所は、かつて丸光デパートがあった場所です。
復興が進み、釜石の中心街の夜景は明るさを増してきています。


12/9は久しぶりに甘太郎を食べました。
普段は3人暮らしなので、なかなか買いに行くきっかけがありませんでしたが、この日は嫁いだ娘と孫が泊まりに来ていたので、お昼に甘太郎パーティをすることに決定!
橋上市場といきがい市場でやっていた甘太郎商店さんは、震災後小佐野の裏通りでやっています。
私のおすすめは、できたての白あんです。


私の好きな白あんです。
この日私は3個半を食べ、87歳の母も1個半食べて幸せな気持ちになりました。
おそらく今日が今年最後の甘太郎の食い納めになると思いますが、母と私が昔の釜石を思い出しながら味わったのは言うまでもありません。
私にとって、まさに昭和の釜石の味です。


午後に帰ってきた釜石小学校1年のそら坊と、4年のりく坊にも、釜石の懐かしい味「甘太郎」を食べさせて、釜石の味を教えました。
写真は、あまりのおいしさに、あんこの入り具合をチェックする二人です。
でもこちらは黒あんでしたが・・・。



師走(12/4)

今日の釜石はいい天気です。
午前中は雲が多かったのですが、午後にはすっきり晴れ渡り、昨日に続き釜石ブルーの青空が広がりました。
このような冬の澄み切った青空は、釜石の自慢です。

今日はのんびりできる日曜日。
朝一で郵便局に行き、3日に撮影した画像DVDを納品先に送付してきました。
以前は某運送会社に集荷に来てもらっていましたが、最近は郵便局のゆうパックを使っています。
集荷忘れで、納品日に間に合わなくなった事が何度かあったのが理由です。
また集荷に来てもらうまでの時間的束縛感もあり、確実に自由にいつでも出せる郵便局は、街なかを散歩しながら歩いて行く楽しみもあります。

今日4日で、私もほぼ仕事納め状態となりました。
毎週1回、釜石新聞さんから頼まれている「かまいし便り」の仕事はエンドレスで続きますが、依頼されていた仕事も一応すべて終わり、これで一安心といった所です。

今日は暖かいので、家の窓ふきなどをやり、夕方からは、この「釜石便り」を書いています。
これからは、撮影場所探しや夜景撮影などを、のんびり楽しみたいと思っています。
それにしても、1週間が3日〜4日しかないような感覚で、1年があっという間に過ぎてしまいます。


薬師公園前交差点から見える、大町の市民ホール(仮称)建設現場です。(11/29)
左奥はサンルートまで続く表通りで、右はイオンタウンからスロープを下ってきた車の光跡です。
1年後の完成が楽しみです。


12月1日から2日にかけて、釜石は強風が吹き荒れました。
釜石湾を一望する眺めのいい某所での仕事を済ませ、そこから見える白波が立つ海の絶景にヒントをもらい、唐丹湾の松磯に行ってきました。

残念ながら松磯周辺は岬の陰という事か?、あまり白波が立っていませんでしたが、遠くの海が強い西風で白波が立ち、海水も巻き上げられるほどの絶景でした。
私の三脚も強風で浮き上がり、手で抑えながらの撮影でした。
日の出や光る海以外、冬にあまり海の写真を撮ることのなかった私ですが、この日は冬ならではの風景を楽しませてもらいました。
この唐丹湾の松磯まで、国道45号線荒川交差点より大石方向に3.4qで着きます。


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