「釜石便り」    2019年10月

                                     ※写真の無断転載を禁じます。


釜石まつりも終わって(10/25)

今日の釜石は曇りのち雨。
次第に雨が強くなる予報の釜石です。

10/12の台風19号の接近で、釜石市内も大きな被害を受けました。
ラグビーワールドカップの釜石での試合も中止になり、山沿いの至る所で道路の寸断や冠水など、大雨の傷跡が残りました。
翌週には釜石まつりとなりましたが、19日の曳き船まつりは雨のため中止となり、20日の釜石まつり神輿渡御(みこしとぎょ)は行われました。
今はまつりも終わり、静かな釜石です。


台風19号の大雨で、市内中心部は冠水しました。(13日の大町)
原因は大雨による土砂流入により排水路や側溝が詰まり、市内に水があふれました。
冠水対策で建設されたポンプ場も、水が十分に流れて来ないために機能を発揮できなかったようです。

この後泥出しなども行われ、雨も降ったりで、通りは釜石まつりまで何とかきれいになりました。


10/19の曳き船まつりは雨のため中止となりましたが、翌20日には雨も上がり、釜石まつりの神輿渡御が行われました。
写真は大渡橋を渡って市内中心部に入る先頭の行列です。

以前は中妻の昭和園出発でしたが、近年は鈴子出発となっています。
ちょうど三陸鉄道が後ろを走ってくれましたが、いつもこのシーンから撮影のプレッシャーで緊張してしまいます。


次第に迫り来る釜石まつりの行列。(大渡町にて)
尾崎神社と山神社ののぼり旗が見えますが、20日の本祭は尾崎神社と山神社の合同神輿渡御です。


郷土芸能のトップは年行司太神楽が務めます。
大渡町内は道路に立ち入り禁止のテープが張ってないので撮りやすい場所ではありますが、舞わずに通過する団体が多いので残念です。
大町・只越では舞がありますが、できれば大渡でも舞ってくれればと思います。


東前太神楽の七福神です。


こちらは錦町虎舞です。


郷土芸能団体の後に神輿が市内中心部に入ってきます。(大渡町内)
右は尾崎神社の新しく修復された六角形の神輿、左は釜石製鉄所の山神社神輿です。


光り輝く尾崎神社の六角形の大みこしです。
鳥居が6つ、六面それぞれについていて見事です。
修復後、今年初お披露目となりました。


薬師公園前お旅所に入る尾崎神社の神輿です。
本当にまぶしい位の神々しさです。


山神社のヘッドマークもりりしい小川しし踊りです。
後方には光り輝く尾崎神社神輿も見えています。


大町を通る尾崎神社(手前)・山神社(奥)両御輿です。
復興した釜石の街を照らす日輪のようです。


山神社の神輿も釜石魚市場まで行って尾崎神社神輿の見送りです。


尾崎神社神輿の見送りの前には、郷土芸能が披露されます。
虎は台村(尾崎町)虎舞です。


出港を前に、市長などが大杯を飲み干すのも見ものです。
浴びるほど酒がつがれる時もあり、周囲から笑いもこぼれます。


御神体が乗っている神輿は船に乗せられ、尾崎半島青出浜(あおだしはま)にある尾崎神社奥宮へ向かいます。
写真は尾崎神社神輿の見送りをする山神社神輿です。
虎舞なども出港をはやし立てます。

尾崎神社は尾崎白浜に本宮、青出浜に奥宮、尾崎半島に奥の院、浜町に里宮があります。


釜石まつりの余韻が残る10/21、魚河岸テラスから背後の街並みを撮影しました。
すでに再建されたフジセイさんの右には三亥さんもできました。
左は浜町市営ビルで、中央が浜町復興住宅です。
左右に走る擁壁の上に浜町の町ができました。

釜石まつりが終わると、いつもさびしさを感じる私です。


大町から只越へ街なか散歩(10/7)

今日の釜石は小雨が降ったりやんだりの1日。
夏日が続いた数日前とは一転、昨日から20℃ほどの肌寒い気候となっています。

山に登っての釜石市街地定点撮影も一応終わり、今は仕事の合間を見て、晴れの日は商店街の記録写真などを撮っています。
10/1は大渡と大町の堺となる薬師公園前交差点より、商店街沿いを只越バイパス付近まで歩きました。

商店街を撮るのはこの日で3日目、時間帯を変え順光・逆光といろいろな撮り方をしています。
大渡と只越の商店街振興組合は解散したので、現在あるのは大町商店街だけですが、名称だけでも続けて使いたいと思っています。
津波被害後の復興で変わってしまった釜石の商店街、あなたの思い出の街角はありますか?。


薬師公園前交差点付近からまずは大渡商店街を。
かつては食堂、パン・菓子店、衣料品店、喫茶店などがたくさんあり、秀月堂、開拓書房、及新書店と、3つも書店があった大渡でしたが・・・。

大渡商店街は敷地を広く使う銀行が震災後に2店舗増えましたが、何とか連続した商店街には見えます。
右はジュエルの赤い店舗です。
(以下店舗名の敬称略)


薬師公園前交差点より釜石市民ホールTETTOです。
ラグビーワールドカップのカラフルな横断幕が、モノトーンの建物に映えてきれいです。
ただ周りに電線が多く、まるで蜘蛛の巣状態です。


大町の田丸スポーツ前から右にTETTO、左にはスーパーみずかみのあった所にローソンです。
TETTOにはラグビーワールドカップのファンゾーンが設けられています。


かつて天賞堂(旧前田瑞光堂)があった辺りから。
左には新華園があります。


かつての菊池クリーニング店の角からミッフィーカフェ(情報交流センター)と市民ホール。
かつて右角にはふじたや化粧品店、ミッフィーカフェの所にはインテリア中川屋、ブックス釜石、丸光デパートと続いていて、この辺は釜石一の繁華街でした。
左奥にイオンタウンも見えます。


大町の中塚自転車店前から。
中央は大町復興住宅4号で、昔は釜石郵便局がありました。
右端には食品店の小田中商店がありました。


かつてのふじたや交差点より。
ふじたやさんだった派手なオレンジ色のビルも隣の赤いビルと共に、今となっては写真向きで、街のシンボル的存在となってきました。
新華園のビルも光ってます。


ふじたや交差点の横断歩道よりサンルート方向を望む。
左はかつて明治生命でした。


青葉通り交差点の横断歩道より。
高速道路ができて市内を走る車の交通量は少なくなり、写真は撮りやすくなりましたが、街なかは少し寂しくなりました。
左は錦館(後に市民会館)跡地に建つホテルサンルート釜石、右は菊丹菓子店跡地に建つ釜石ベイシティホテル、奥には国際映画劇場(後に国際パチンコ)跡地に建つホテルルートイン釜石があります。
ビジネスホテルが林立する街並みは、小さくなった釜石の、発展を期待させるせめてもの都市景観です。


青葉通り交差点より大渡方向。
右角にはかつて太田文房堂、左には釜石郵便局がありました。
8階建てアパートは大町復興住宅4号です。


青葉通り交差点より大町商店街。
やはりオレンジ色のビルが目立ちます。


サンルートのレストラン前より只越方向。
左にはかつて大久保薬局、前田金物店などがありました。
右のビル1階に三一パチンコ、2階には喫茶車門がありました。


サンルートの裏手より青葉通り交差点方向。


ホテルルートイン前より大町中心部方向。
昔、左にはカメラのふじたや、千葉弥ミシン店、石井洋服店、京屋ランドリー、田口書店などの店がありました。


ホテルルートイン前交差点より只越商店街。
正面角地にはおもちゃも売っていた山崎資生堂、スポーツ用品店の昭文堂、片倉家具店などが並んでいました。
右端はバーローマ(1階は二合半)です。


右は只越商店街の、かつての佐々木金物店、刈谷ビルがあった辺り。
今は2棟の只越復興住宅5号ができました。
ツルハの所は、昔天狗下駄屋、福島屋金物店、野村屋、シラト洋品店などが並んでいました。
野村屋の2階は垢抜けした喫茶店で人気もあり、かなり賑わったものです。


只越の庄子医院方向に入る道。
まっすぐ行くと、高台に仙寿院があります。
入口には、もりのやができました。


かつての北銀交差点より。
北日本銀行は大渡に移転しました。
アパートは只越復興住宅5号で、右角地にはツルハドラッグができました。
左角地には、クラフト花文もありました。


北銀交差点より只越商店街。
左は堀医院で、北銀のあった所(手前)は堀医院の駐車場になりました。
右は只越復興住宅4号で、その隣には貸衣装とスタジオの高砂リースがあります。


右は堀医院の広くなった駐車場で、かつて北日本銀行がありました。
右端には昔甘太郎只越店もあったんだよー!。
左端には昔オイシンマート只越店もありました。


堀医院前より右は高砂リース。
左には太田文房堂分店やカドヤパチンコもありました。


只越の市役所に入る角です。
中央に見えるのは釜石商工会議所ですが、かつてはミカド衣料品店でした。
デパート風な店で、子供の頃ミカドでよくプラモデルを買いました。
記憶がだいぶ薄れてきましたが、店内にはらせん階段があり、上がっていきました。


ここも只越商店街ですが、この辺に来ると店舗も切れて寂しくなります。
左側はかつて3階建てのカワミデパートがあった所ですが、当時の賑わいを知っているだけに寂しい思いです。
その建物には、後に家具の荒川が入りました。

正面に見える建物は東北銀行で、大渡に移転しました。
東北銀行を左折した方向に、プラモデルの遠藤があり、釜小エリアながらしょっちゅう来ました。
私は大渡小学校だったので、只越や浜町に行くのは当時縄張り意識もあって怖い思いをしたものです。


只越の釜石畜産と釜石商工会議所です。


只越に復興ホテルもできました。
右はかつてのカワミデパートがあった所です。


只越バイパスから東に向かう道路は坂道となり、高台の町になった浜町・東前へと続きます。
右は税関前にあったアベキ給油所です。


「あの山に登れば 見える釜石の街並み」(10/6)

今日の釜石は小雨のちくもりで、時々日差しもあります。

今月13日は2度目のラグビーワールドカップ釜石開催日、19・20日は釜石祭り、下旬には釜石の紅葉シーズン到来と、イベント目白押しの10月です。
毎年記録している私の市街地定点撮影も9月末ですべて終わり、今は商店街の通りなども記録しています。


9/24は久しぶりに天気も良く、定点撮影総仕上げとなる大天場山に登りました。
途中上中島側に寄り道をして、高台から中妻の町を撮りました。

中央付近に見える製鉄所の中妻アパートも解体されて少なくなり、左端の昭和園跡地には釜石警察署庁舎ができました。
今年ここに来たのは3回目、もやがあったりしてなかなかすっきりと撮れませんでしたが、三度目の正直で何とかこの快晴日で終了です。

八雲神社の裏山に大天場公園がありますが、生前父が製鉄所の同僚の方々とよく花見をしたという話を思い出しながらいつも山を登っています。
今この公園は訪れる人もなく、ひっそりとしています。


山の途中から中妻の交差点付近が見えます。
マルサンがあった所にはかっぱ寿司、釜石礦油があった所にはセブンイレブンができました。
釜石礦油の所には、震災後マンションが建つ計画もありましたが・・・。


毎年定点撮影させてもらっている大天場山から見える釜石市街地です。
この日は天気も良く、釜石製鉄所の南桟橋には石炭を積んできた大型貨物船、赤白のガントリークレーンのある公共ふ頭にはコンテナ船も入港しているグットタイミングな日でした。
木々の隙間から撮っているので、年々視界が狭くなってきて中妻の街並みの方は撮れなくなりましたが、何とか令和元年の釜石市街地を撮ることができました。
左下は八雲小学校の跡地に建つ釜石中学校です。


中心市街地のアップです。

手前左下には釜石製鉄所本事務所と釜石駅、直線道路は大渡橋から大町までの表通りです。
直線道路の突き当りは釜石市民ホールTETTO、右端には大町に隣接した港町のイオンタウンも見えます。
市内には高い建物も増え、釜石は「よくぞここまで復興したな~!」といった感じです。


9/26には源太沢に隣接する山の上から、3年ぶりに中妻・上中島・新町・住吉町を撮りました。
手前の木々が伸びてきたので撮影を諦めていましたが、やはり今年は区切れのいい「令和元年」という事で撮りに行って来ました。
手前側のSMCの工場は少し隠れてしまいましたが、左側に見える復興住宅群や国道沿いの街並みは眺めることができました。
新町の三陸沿岸道路も見えます。

近代製鉄発祥から150周年、釜石市制施行70周年を迎えた2007年12月1日に、「あの山に登れば 見える釜石の街並み」という写真セットを発行しました。
釜石の夜景をはじめ、「中心市街地」、「中妻・鈴子」、「上中島・新町」、「小川・桜木町」、「小佐野」、「松倉・野田」、「甲子」の街並みの記録写真でした。

あれから12年経ちますが、この間に街並みが失われた東日本大震災があり、私事ながら街並み写真の大切さに気付かされました。
私たちが生まれ育ち、暮らした釜石の写真には、心動かされるものがあるはずです。
この「釜石便り」も、自然風景よりも街並み写真が多いのはそんな思いもあるからです。


9/26は山の上から小川町の街並みも撮りました。
左側にあった小川体育館は無くなり、代わって高速道路の立ち退き移転の方々の住宅などが建ち並びました。
新しい住宅が次々建つ桜木町・小川と甲子町15地割(中小川)でしたが、小川共栄から代わったキクコーストアは撤退してしまいました。


9/26小佐野の街並みです。
小佐野中学校の建物はまだ残っていて、遠くには釜石自動車道や三陸沿岸道路なども見えています。
なつかしい釜石の味、甘太郎商店さんも写真左端にあります。
町並みに大きな変化はなく、穏やかな小佐野です。


9/26の松倉・野田の町並みです。
中央の大きな建物は県立釜石病院で、右端には釜石自動車道もできました。
左端に見える松倉サッカー場も、住宅地として分譲される予定のようです。
住宅が建ち並んだ来年頃、釜石市街地の記録として再撮影したいと思っています。

山々の緑も少し赤みを帯びてきましたが、緑の9月中に今年の定点撮影もすべて終わり、やれやれといったところです。


トップページの写真は五葉山の紅葉です。

五葉山は特に有名な紅葉名所ではありませんが、楢ノ木平登山口から上った稜線から日の出岩までの間が見所です。
ただ楢ノ木平登山口までは途中道路が掘れていたりして、決していい道ではありませんが、原生林や稜線から日の出岩までの紅葉が撮れるのは、楢ノ木平コースならではです。
                

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