「釜石便り」   2018年 9月

                                              ※写真の無断転載を禁じます。


釜石あれこれ(9/27)

今日の釜石は雨の一日です。
昨日は久しぶりの好天に恵まれましたが、猫の目天気で、またぐづついた日が続きそうです


9/14は八雲町の富士見台に上がらせてもらい、釜石警察署の建設現場を撮りました。
この場所は昭和園だった所で、新庁舎には釜石警察署と沿岸運転免許センターが入ります。
現在、4階建てとなる庁舎の2階部分までが組みあがっています。
後方にあった中妻の製鉄所アパートも解体され、昭和園と共に、釜石の昭和の風景が次々姿を消して行きます。


9/14は片岸町室浜にも行きました。
高台を通る途中の道路からは、建設中の巨大防潮堤が見えます。
左端には、以前の小さな堤防も見えています。


室浜の漁港です。
北側には雀島などの小島が見え、更に遠くには高台となった赤浜の町や蓬莱島まで見えます。
静かできれいな漁港です。


室浜には、義経北方伝説でおなじみの法冠(ほうがん)神社があります。
室浜の町を見下ろすように建っていますが、残念ながら住宅は本当に少なくなってしまいました。


14日の午後は、両石湾に面する愛の浜に行ってきました。
夏は終わりましたが、やはり海は開放的でいいものです。
楽しかった子供の頃の海水浴を思い出していました。


9/16に片岸の湿地帯でマダラヤンマを撮りました。
このトンボは秋に現れるヤンマですが、青い眼としっぽの青がとてもきれいです。
ただ、止まるときはガマやヨシの茂みの中に入り込むので、撮影はちょっと難しさが伴います。

私が初めてこのトンボに出会ったのが高校2年か3年の時(昭和49・50年)で、大渡川の三の橋下流でした。
この草原の上を何度も飛び回る中型のトンボが、「マダラヤンマ」である事が分かり、「産地が局限される」と図鑑にも書いてあって、釜石にいたことに驚いたものでした。
このトンボとの出会いが、私のトンボ熱をますます上げることになりました。

今も毎年秋になるとマダラヤンマを撮り続けていますが、最近は残りの人生約20年の思い出探しの意味合いで撮っています。


9/19は片岸町の山に登らせてもらい、対岸の鵜住居の町を撮りました。
左側に見える橋は片岸町に渡る大浜渡橋で、中央は寺前交差点付近です。
正面奥の山際には、根浜に抜ける道路も見えています。
ペースはゆっくりですが、かさ上げされた土地に住宅も建ち始めています。



大渡の街並み(9/9)

今日の釜石は雨降りの一日。
このところ、曇りや雨の日が続いています。
9月に入っても、釜石は32度を超える日が2日もあり、まだまだ蒸し暑い日が続いています。

6日には青空が広がったので、大渡の街並みを撮ってきました。
復興の記録も兼ねて、山の上から中心市街地の全景は毎年撮っていますが、6/21に大渡商店街の南側(1丁目)を撮ったのに続き、今回は北側(2丁目)も撮ってきました。
大渡商店街は店が少なくなり、震災後に振興組合が解散していますが、震災前の面影が比較的残る通りです。
道路工事が終わったら、次は大町商店街を記録したいと思っています。


台風21号通過後、釜石は5日、6日と青空が広がりました。
9/6の午後、大正軒前から大渡商店街の街並み撮影スタートです。

右角は、かつてワシントンビルと呼ばれた栃澤ビルがあった所ですが、今は解体され薬局の駐車場となっています。
昔は釜石タクシーなどもありました。

右奥の大きな建物は、かつての県立病院跡地に建てられた釜石市民病院ですが、大渡の地にドーンと白亜の10階建て、当時市民病院を持てる街というのは、力のある街の証しでした。
現在は保健福祉センターとなっていて、釜石のぞみ病院や釜石ファミリークリニックなどの病院も入っています。

バスの所の赤い建物は、眼鏡と宝飾のジュエルさんです。

大渡小学校1〜2年の頃、現在のジュエルさんの辺りにパチンコ屋がありました。
下校時には歩道にパチンコ玉がよく落ちていて、それを元手にたくさん玉が出た事があり、作文に書いて先生から怒られたこともありました。


右からことじやさん、喜久舎さんなどと続きます。

紫色のビルの所には、昔瀬戸物屋さんがありました。
学校帰りに、店先に並べられた当時出がけのプラスチック製の水槽が欲しくて欲しくてたまりませんでした。
ガラス製の水槽は高く、このプラスチック製の小さな水槽を念願かなってようやく買ってもらいました。
ヤゴやオタマを飼いましたが、プラスチックは傷がつきやすいので、気をつかいながらずっと大切に使いました。


大渡と言えば、黒い建物のくにやさん。
黒にこだわる店、入りづらい店として存在感もあり、人気です。
現在、この向かい側は東北銀行となっていますが、かつて釜石化成ビルがあったところです。


釜石小学校(かつての大渡小学校)前の交差点です。
右に行くと人気醤油店の藤勇さんと釜石小学校の東登校坂入口があります。
左角は昔衣料品店の東殖があった所ですが、現在はJAとなっています。


昔、山田陶器店さん・丸山かまぼこ店さんがあった所(写真左)は、その後いきがい市場となりましたが、現在は北日本銀行となっています。
いきがい市場では、甘太郎さんなどの橋上市場一部業者の方々が営業していました。
甘太郎さんは小佐野に引っ越したので、なかなか白あんを買いに行けなくなりました。
でもそのうちに・・・。

右側は精光堂さんや衣料品店のつたやさんがあった所ですが、現在はホテルアリスガーデンさんが建っています。
1階には魚ていさんも入ってます。


右からメガネのアネタイさん、隣りはかつての松前屋さんです。
松前屋さんはパン屋をやめた後、後藤カメラさんなどがテナントとして入りました。
写真の現像・焼き増しなどで、後藤さんにもよく通ったものです。

大渡のパン・菓子店としては、松前屋さんと松仙堂さんがありましたが、中妻のかめやまさん、只越の玉泉堂さんなども大渡に店がありました。
思い出すと、本当にいろいろな店があっていい時代でした。


右から震災後に改築した川村電気さん、その隣の更地の所には、洋菓子店のかめやまさんも大渡に店がありました。
今はやってないジーンズショップの佐々亀さん、そしてケンスポーツさんと続いています。
かめやまさんの店内には喫茶店もありました。

震災で、懐かしい店が次々なくなっていくのは本当に寂しいものです。


釜石市中心街の入口、大渡商店街入口です。
右角は中央ビルで、西側(交差点側)はきくちやさん、東側は工藤肉屋さんとボリューム満点の工藤食堂さんです。
酒屋さんだったきくちやさんはバルーンアート店になりましたが、昔から続くきくちやさんと工藤肉屋さんです。

大渡小学校の頃、よく写生会がありました。
高台の登校坂や大渡川の河原、道路などから、生徒たちは自由にのびのびと、釜石のランドマークである製鉄所や高炉の風景を描いたものでした。
中央ビルの中も、当時は自由に出入りができたことから、2階?から製鉄所を描いたものでした。
そこは広々していて、確か民謡酒場という所だったか?、小銭がよく落ちていて、拾った事もいい思い出です。
当時はお金を落とす酒飲みも多かった釜石です。

左角はケンスポーツさんですが、昔は佐々亀釣具店さんでした。
子供の頃はよく釣り道具を買いに行ったものですが、夏になるとカラフルな浮き輪や水中眼鏡、シュノーケルなどが、これでもかという位店先にたくさんつるされていたものです。
カラフルな浮き輪などがたくさん並んでいた頃の店先を、昭和の風景として撮っておきたかったと今でも後悔しています。

ピンポン球のついたシュノーケルを買ってもらった時は、本当に嬉しかったです。
水に潜ると、ピンポン玉が下向きのシュノーケルの口を浮力でふさぎ、水が入らない仕組みでしたが、水死事故が多発し、その後ピンポン球付きのシュノーケルは販売されなくなったと記憶しています。
海水浴も昭和の頃は大人気の行楽でした。
海も大好きで黒んぼだった私でも、今はもう日に焼けたくありません。


9/6の午前中は、トンボの写真を撮りに鵜住居町外山の沢へ。
この時期はミルンヤンマというオニヤンマを小型にしたようなヤンマの産卵シーズンです。
ちょうど朽ちた水辺の木に卵を産んでいる所が撮れました。
ヤンマは眼が本当にきれいです。



トップページの写真は「ミヤマアカネ」というトンボです。
 水辺によくいる小さなトンボです。
 写真はメスでオレンジ色ですが、オスは真っ赤っかになります。
 9月はトンボの季節でもあります。


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