「釜石便り」     2019年3月

                                  ※写真の無断転載を禁じます。


テレビ取材の話(3/2)

今日も釜石は晴れていますが霞んでいます。
大渡の自宅2階からは、東前の山や大観音もぼんやり白く見えています。
風はまだ冷たいものの、気候はまさに春の様です。

頂いた写真の大仕事も1回目の撮影が終わり、来週以降予定される次の撮影ラッシュまで今は小休止です。
仕事はある建物の撮影なのですが、自分としては内観は曇りの日、外観は青空の日が理想で、なかなかうまくいかないのがこの天気です。
撮影日が変えられないのでなるようにしかならず、天にも祈る気持ちです。

震災後、毎年3.11が近づくと、テレビなどの番組取材が殺到します。
最近は8年目という事もあり、だいぶ少なくはなってきました。

人前で話すのが苦手で、全くテレビ向きではない私ですが、今まで何度かテレビ取材に応じてきました。
釜石を取り上げてもらえるという感謝もあり、東京などからはるばる取材に来てくれた申し訳なさやねぎらいもあって、慣れない出演をこなしてきました。

カメラマンがよく頼まれる、現場に行って写真を撮る格好をするまでは何とかできるのですが、一番大変なのが、シーンの最後に話す決め台詞がなかなか言えないことでした。
「決め台詞を言ってください」とは頼まれませんが、ずっとテレビカメラが回りっぱなしで、いい演技をするとか、何か一言二言いいセリフを言わないと、終わらないことが多いようでした。
ふだん話や演技がうまくないので、よけいな事を言ったり、大きなことをいってしまう自分が嫌いで、今は申し訳ないのですが取材をお断りしています。
テレビに不向きで口下手な私ですので、ご了承を!。


昭和61年(1986年)8月の大町・只越の街並みです。
妻が出産で入院していた大渡の市民病院8階から撮りました。
今と比べると、建物が半端なく多く、本当にぎゅうぎゅう詰めでした。
画面下側にはマイヤ大町店も写っていますが、昔はオイシンマートがありました。


今日から3月です(3/1)

今日の釜石は晴れのいい天気。
やはり今日も、釜石は霞のあるもやっとした白い空が広がっています。

今日から3月です。
仕事のない日はいつも6時に起きて、朝食後にNHKの朝ドラを見るのが日課です。
朝ドラも一時面白くなくなって見なかった時期もありましたが、今はまた楽しく見ています。

今やってる朝ドラで思い出しましたが、かつて大町に村田皮膚科がありました。
高校1年の時、小川に住む同じクラスの友人が村田皮膚科から出て来るのを見つけ声を掛けたところ、「カップヌードルのお湯を膝にこぼして火傷してしまった!」との事。
当時私は「カップヌードル」というものが何のことか分からず、何度聞いても意味がよく分からないまま帰ってきたことがありました。

朝ドラから始まって、この亡くなった友人の事を思い出し、そういえば昔大町に住んでいたので大渡小学校で、中学校は小佐中だったなーとか、吉里吉里の同級生のお父さんが経営している吉里吉里ドライブインまで、吉里吉里駅から浪板まで長い道のりを一緒に歩いて磯ラーメンを食べさせてもらいに行った事などが思い出されました。
春彼岸が近いこともあって思い出させてくれたのかもしれません。

そういえば来春のNHKの朝ドラは、威勢のいい釜石市民歌を作曲した古関裕而さんの生涯をもとにしたドラマだそうです。
楽しみです。


昭和61年(1986年)8月の大渡・大町の表通りです。
私に長女が生まれた市民病院の帰りに撮ったと思いますが、右の電信柱には村田皮膚科の広告看板がありました。
丸光(右側奥の大きな建物)よこと書いてあります。
そばにはアネタイさんの値段を書いた懸垂幕もあり、少年隊ならぬ自転車隊も走ってていいですね。
商店街が賑わってて、いい時代でした。


トップページの写真は、雪の夜の釜石駅です。
 3月のなごりの雪が降る中、静かに停車する列車と煌々とライトを灯して出発する列車、3月は別れの季節でもあります。


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