「釜石便り」     2022年 7月

                                        ■ 写真の無断転載を禁じます。


橋野鉄鉱山高炉跡(7/30)

今日の釜石は晴れていますがヤマセの影響か?、空は白っぽく、もやっとした青空となっています。
このところ白っぽい青空の釜石ですが、釜石でも海から離れた西の方では青空が広がっているようです。

30日、久しぶりに橋野鉄鉱山高炉跡に行って来ました。
釜石市内とは違って青空の広がる橋野でしたが、今は訪れる人もいなく、静かすぎる橋野高炉でした。
世界遺産登録が決まった頃は人が多くて賑やかでしたが、あまりの変わりように寂しい思いをしてきました。


夏空が広がる橋野高炉跡です。
右の碑は「日本最古溶鉱炉記念碑」です。
書は当時富士製鐵の社長だった永野重雄さんで、昭和32年の溶鉱炉百年祭に当たり大島高任を敬仰して建てられたものです。
ちなみにこの年は私の生まれた年です。


1番高炉です。
一時高圧洗浄されて真っ白でしたが、今は赤茶色になりました。


2番高炉です。
奥に1番高炉が見えます。


2番高炉下にある水路です。
オニヤンマがいないか探しましたが、また早かったようです。
オニヤンマはあちこちで見かけますが、流れの縄張りはまだのようでした。


御日払所跡です。
賃金の支払いなどが行われた場所です。
今回初めて撮りました。


定番の3番高炉です。


3番高炉の山側には山神碑もあります。
秋は周りが色づいてきれいですよ!。


橋野高炉の後、トンボ探しに和山の方に向かいました。
小さな湿地帯では、何と低地に多くいるキイトトンボを発見!。
1匹だけでしたが、水色のオゼイトトンボと一緒にいてくれました。

ゆっくりリズミカルに飛びますが、まるで黄色のマッチ棒が浮いているように見えるトンボです。
震災津波後は鵜住居川沿いで1度1匹だけ見ましたが、なかなか釜石市内で見ることもなくなっていたイトトンボでした。
ようやく写真にも撮れて、釜石にいるトンボの証拠写真が1種類増えました。

今から50年ほど前の高校生の頃、もうそんな昔になるのかと思いながら、大渡川三の橋下流の水たまりに、このキイトトンボが数匹群れ飛んでいるのを見たことがありました。
初めて見るイトトンボだったので感激し、まるで黄色いマッチ棒が飛んでいるように見えたものです。
イトトンボなので飛翔力もなく、どこからやってきたのか不思議でした。
トンボの種類が少ない釜石ですが、これからもトンボ探しをしたいと思っています。


ヤマセ・ハマユリ・タブノキ(7/26)

今日の釜石は明るい曇りです。
これから晴れる予報でしたが、一時強い雨も降りました。
ようやく26日に北東北も梅雨明けとなりましたが、連日蒸し暑い日が続く釜石です。

24日の日曜日、天気も良かったので両石から桑ノ浜を通り、箱崎まで回ってきました。
1番の目的は今が見頃のハマユリ探しでしたが、桑ノ浜の高台からは低く立ち込めるヤマセの絶景を見ることができました。
今の時期、ハマユリとヤマセは三陸沿岸の風物詩でもあります。


両石から桑ノ浜に通じる高台の道路から両石湾がよく見えます。
ここはアワビ漁の帰港をよく撮りに来た場所ですが、24日に通ると、ヤマセの霧が両石湾の岬を真綿で包むように発生していました。
上空は青空、海は青く霧は白くの絶景でした。


両石湾はよくヤマセが発生する所で霧に覆われた両石湾はよく見るのですが、低く立ち込めるヤマセの霧は今回が初めてでした。
中央付近の島は鏡海岸の岬にある松島で、この半島の裏が釜石湾です。


海をバックに咲くハマユリを撮りたくて、両石から桑ノ浜を回りました。
桑ノ浜の崖で何とか海をバックに撮れるハマユリを見つけましたが、ヤマセの霧が天気も崩し、なかなか青空になりませんでした。
1時間ほど粘ると何とか青空が見え、青い海をバックに撮ることができました。
逆光なので海が少し黒くなりましたが、アクセントできらめく海も入れることができました。


桑ノ浜で時間を費やしたのでハマユリ探しは終わりにして、山越えして箱崎に到着。
かねてより見たかった箱崎神社の境内林を見てきました。


箱崎の漁港近くの高台に箱崎神社がありますが、境内には南部アカマツなどの巨木が林立しています。
この境内林は釜石市の天然記念物に指定されています。
高台の境内からは箱崎の町が見えていましたが、今は高い防潮堤に囲まれて町は見えなくなりました。


なかなか見ることもない釜石市の木「タブノキ」です。
海沿いに大木が生えていますが、イオンタウンの玄関前に若木が3本植えられています。
大町広場から上がる時にでも見てください。

昔の人なら山田町船越にあった「タブの木荘」を思い出しますが、昭和の時代、あちこちにリゾートホテルなどがあり、車時代の追い風に賑わったものです。
「たぶのもくそう」と読んでいたような・・・。
本当にいい時代でした。


旧大渡小学校(現釜石小学校)の校門前に林芙美子の碑があります。
釜石製鉄所を舞台にした連載小説「波濤」の文学碑ですが、私が小学生の頃は文学にはもちろん関心もなく、虫や遊ぶことしか興味が無かったので全く知りませんでした。
奥の白い建物は大渡のホテルマルエさんです。


林芙美子の「波濤」の文学碑です。
釜石の夜景を「さながら、上海の夜のやうにも思へた」(黄色線)と書いたことから、釜石の夜景は「東北の上海」と呼ばれるようになりました。


女優の島田陽子さんが亡くなりました。
私が中学・高校時代に大変人気のあった女優さんでした。

私がフリーカメラマンになって間もなく、大槌のショッピングセンターマストさんから撮影の依頼がありました。
島田さんは当時大槌時代絵巻のゲストとして呼ばれ、マストさんで買い物客10人程度と一緒に集合写真を撮るイベントでした。

島田さんからの要望で、撮影は写真集などの作品を出したことのある写真家という指定があり、当時は釜石・大槌地区で写真集などを出した人がいなく、私に声がかかったものでした。
当時私もまだ写真集を出していなかった新米カメラマンでしたが、私の出したポストカードを見せた所、一発OKだったとの事。
緊張しましたが、撮影では島田さんを中央に、買い物客を入れて何度も入れ替えしながら撮りました。

島田さんのやや斜めに顔を向ける自信ある姿がとても印象的でした。
集合写真とは言え、私にとって女優さんを撮るという初めての経験となりました。
ご冥福をお祈りします。


ハマユリ(7/21)

今日の釜石は、午前中は晴れ間もありましたが、午後には一転、強い雨も降りました。
梅雨時なので、晴れたり曇ったり、突然雨が降ったりの不安定な天気が続く釜石です。

釜石の史跡巡りも終わり、今はのんびり釜石に関する写真を撮っています。
中々すっきりとしたいい天気とはなりませんが、21日の朝方は晴れていたので、唐丹町片岸へハマユリを撮りに行って来ました。

今の時期、海岸の岩場には釜石市の花にもなっているハマユリが咲いていて、オレンジ色なので遠くからもよく分かります。
ただ崖に咲いていることも多く、撮影が難しい花でもあります。
それでも海をバックに咲くオレンジ色の花は、夏を思わせる花の一つでもあります。


唐丹町片岸の岩場に咲く市の花「ハマユリ」です。
観光船や銀行支店名などにもよく使われたハマユリですが、今が見頃です。
すでに咲き終わった所もありますがつぼみも多く、今月いっぱい位は楽しめそうです。

青い海をバックに撮りたくなりますが、撮影には十分ご注意を!。


釜石街道仙人峠へ(7/11)

今日の釜石は晴れています。
湿気が多く、蒸し暑い釜石です。

今月7日、天気は曇り一時雨、初めて釜石街道仙人峠(旧仙人)を大橋側から登って来ました。
車で新緑と紅葉の季節には何度も通っていた国道沿いの仙人峠ですが、山登りして旧仙人峠に行くのは今回が初めてです。


大橋駅前にある仙人インフォメーションセンターです。
建物の左角には仙人峠登り口の案内標柱があります。
この建物の横から山に入ります。
駅舎は無くなりましたが右手には無人駅となった大橋駅もあります。


標柱の案内通り、山側に進みます。
「釜石街道」、いい響きです。


橋を渡ると民家が数軒あります。
上に見える高架橋は、観光シーズンになるとよく通る国道283号線です。


さらに進むと廃屋が多くなってきました。


民家が途切れると橋があり、ここを渡ります。


橋を渡るといよいよ釜石街道仙人峠の山道が始まります。
初めてなので旧仙人、期待に胸がはずみます。


橋を渡ると、さっそく現れるジグザグ山道で上へ!。


噂通りのつづら折りの山道が始まりました。
案内看板もありますが、だいぶ古くなって地図はあまり見えませんでした。


山道を振り返るとこんな感じです。
ここまでは順調でしたが、このあと悲劇が・・・。


道なりに進んだつもりが、まっすぐ進んでしまい、いつのまにか別な山道へ。
写真の通り下の方から上の方へまっすぐ進みたくなりますが、仙人峠は標柱から左折でした。
間違えやすいので行かれる方はご注意を!。

 
間違った山道周辺です。
「183東北森林管理局の赤白の標柱が見えたら山の方へ!」です。
左下から登ってきましたが、山の方に切り返す道が見えず、杉の木に隠れて目印も見えませんでした。

まっすぐ道なりに進んでしまい、電力会社の鉄塔に出るわ、別な山道やけものみちも多数あり、何度も登ったり引き返したり思案したりと1時間以上山中を行ったり来たりと・・・。
スマホで自分の位置を確認すると、かなり北側を歩いていることが分かり、南へ!。
何とか正規のコースに合流できましたが、勉強不足で1時間半近くロスしてしまいました。
雨も降ってくるしで本当に疲れました。


かつてはかごも通った釜石街道です。
登って来た道を振り返った写真ですが、道幅は広く、2〜3mあります。
大きなモーグルコースのようなこぶの山を左右にかわしながら進む旧仙人です。
上に行けば行くほど迷うような道はありませんが、上り始めは要注意です。


中仙人近くにあるカツラの巨木です。


大橋と峠頂上の中間地点にある中仙人休場に到着です。
大橋駅より2.3q、標高は580mです。
中仙人休場には石の水槽(中央)と、祠(ほこら)と山神碑(右端)もありました。


中仙人茶屋の案内看板です。


中仙人の石の水槽です。


中仙人休場の祠後方に山道が続いています。
石の祠は屋根が後ろに落ちていました。
次目指すは仙人峠へ。


つづら折りの道を右に行ったり左に行ったり繰り返しながら、ようやく仙人峠まで600mの案内標識のある所まで来ました。
ここは大橋駅から2.8qの地点です。
旧仙人は案内看板や目印がほとんどないので、もう少しあると助かります。


ついに念願の釜石街道仙人峠、旧仙人到着です。
標高887m、大橋駅より3.4qです。
写真中央を下れば、遠野側登り口に出ます。
遠野に下ってしまえば、帰りとぼとぼと暗い仙人トンネルを歩いて大橋まで来なければなりませんので、私はここから大橋へ引き返しです。


仙人峠の釜石側の道です。
少し開けて明るいので草も少し伸びています。


仙人峠の頂上寄りには仙人神社?の祠もありました。

念願の釜石街道仙人峠、道に迷った思い出を胸に、これにて山を下ります。
この日、私にとって仙人峠を深く知る1日となりました。


山を下りて次に向かった先は、大橋の釜石鉱山展示室(旧釜石鉱山事務所)の横にある「釜石鉄山大橋高炉跡」と「大島高任・道太郎父子顕彰碑」です。
鉱山展示室が休みとなる火曜・水曜はゲートが閉まっているので、これらの碑は見れません。


大橋駅近くにある鬼ヶ沢橋梁です。
SLが走る時の定番撮影地でもあり賑わいます。
数年前、黄色から真っ赤に塗り替えられました。


釜石の史跡巡りU(7/9)

今日の釜石は霧雨が降っています。
少し蒸し暑い感じはしますが、ここ数日は30℃を越えるような気温はなくなりました。

この梅雨時の曇りの日を使って、釜石の史跡巡りを続けています。
史跡などは山の中にあることが多く、日差しのある日は見苦しい木漏れ日が写真の邪魔をします。
なので史跡などは曇りの日に撮りに行っています。


甲子町砂子渡にある下荒川橋です。
かつてこの橋を渡った右側に釜石西中がありました。
この日はこの橋の手前にある「砂子渡銭座跡」を訪ねました。


下荒川橋の手前に、「砂子渡銭座跡」の案内標柱があります。
右奥に「危険 線路内に入らないでください」の看板もありますが、線路を渡らせてもらいました。


道なりに進むと、扁額に五葉山と書かれた神社(地図では五葉神社)がありました。
この日の目的は砂子渡銭座跡の山神碑を訪ねる事だったので、礼をし、引き返して周辺を探しました。


引き返した枝道を進むとお墓が・・・。
また少し戻って山の中を捜索。


五葉神社とお墓の間の山の斜面で、山神碑をようやく発見!。
山神碑の左横には手水鉢も!。
「坑夫平四郎の墓」というのもあるらしいのですが、こちらは探せませんでした。


砂子渡銭座跡を訪ねた日の午後は、かねてより行って見たかった橋野町の「児島大梅の句碑」へ。
県道沿いのどんぐり広場を少し過ぎた所から古里(右側の坂道)へ向かいます。

 
「古里の御神楽スギ」を過ぎて間もなく、左手に山に向かう林道があります。
写真左側の草むらに案内標柱がありますが、写真右側方向にある横内集落から来た時の案内になっています。
「右は林道 砂場・和山方面に至る」とあり、砂利道の林道を和山に向かって進みます。


道はすぐに二又になっていて、新しい標識と、右の道には「児島大梅の句碑」の標柱がありました。
案内があると安心します。
このまま右に進むことになりますが、道は荒れてて大変でした。
 
所々掘れた林道を4.2q走ってようやくたどり着いた和山街道T字路。
標柱・標識があり、不安だったのでほっとしました。
左は和山に通じる道(和山街道)のようですが、草も生えてあまり利用されていないようでした。
「児島大梅の句碑」まであと1,300m、また悪路を進みます。


悪路と急坂の為車が登れなくなり、500mほど歩いてようやく句碑(中央やや右)に到着!。
この道は和山街道(大槌街道)で、かつて「塩の道」とも言われ、遠野と大槌をつなぐ交通の要でした。
昔の人はよく歩いたものです。


釜石市の指定文化財にもなっている江戸の俳人「児島大梅の句碑」です。
「雨の日や 座敷まで来る馬の蠅(ハエ)」と詠んだ句碑ですが、釜石地方で最も古く、江戸時代の文学碑として唯一のものとの事。
句碑は倒れかかっていて、つっかえ棒で支えられていました。

仕事で一度、近くにある芳形の茶屋跡を撮りに来たことがありましたが、ここの句碑は来たこともなかったので、一度訪ねてみたいと思っていました。
古里の林道入口からは5.5qですが、底の高い四駆の車でしか来れないような所にありました。
長らく気になって行って見たいと思っていた場所だっただけに達成感はありますが、道は相当悪く、今回が最初で最後となりそうです。
山中の史跡を探す楽しみはありますが、行かれる方はご注意を!。


こちらは浜町のはまっこ児童公園(台村児童公園)です。
かつては高台で眺めも良かったのですが、周辺がかさ上げされたので、あまり高くなくなりました。

ここは元禄14年(1701年)、漁獲高に対して十分の一の課税をする役所(十分一役所)が建てられた場所でした。


公園内の碑によると、明治の頃には釜石村と平田村が合併し、釜石町の役場もここに置かれたとの事。
その後仲町(浜町)で大火が発生し、釜石町役場は学校通り(釜石市役所第5庁舎・旧釜石税務署跡)に移転したとあります。
それにしても、虎のモニュメント、顔がかわいすぎます。


浜町にある尾崎神社里宮です。
尾崎白浜には本宮、青出し浜には奥宮、尾崎半島山中には奥の院があります。


釜石の史跡巡り(7/6)

今日の釜石は曇りです。
このところ不安定な日が続いていて、昨日5日の午前中は青空、午後は土砂降りの雨と雷も鳴りました。
そのあときれいな虹も出たりして・・・。

震災津波後から復興する市街地や景勝地もほぼ撮り終わったので、最近は今まで行っていない撮っていない釜石の史跡などを撮りに行っています。
きれいな景勝地と違い、地味であまり絵になりませんが、釜石を深く知る歴史遺産と史跡巡り、のんびり楽しく行きたいと思っています。


5日午前中の釜石です。
この日も釜石は30.6℃あり、連日蒸し暑い日が続いています。
入道雲もあちこちで発生し、夏らしい写真が撮れた一方、午後には雷雨となりました。


釜石の史跡巡りで松倉に行って来ました。
写真は国道より1本南側の通りにある「甲子町宿駅跡」です。
標柱と案内看板もありますが、「かっしまぢ」ではなく「かっつまづ」と書いてありました。
道路の真ん中に水路もあります。


洞泉鉱山の石灰の採掘場です。
製鉄所へ石灰を供給していたとの事。
洞泉アパート周辺からよく見える山です。


甲子町第4地割の砂子バス停付近に「大船沢橋台」があります。
国道283号線が通る橋の下にはレンガ積みの橋台が見られます。


右の橋が砂子渡橋ですが、左の国道の橋台は南半分がレンガ積みで、大橋と鈴子の製鉄所をつなぐかつての鉄道橋でした。


大町の青葉通りには石川啄木の「一握の砂」歌碑が建っています。
ちょうどベイシティホテルさんの真ん前にあります。

啄木と母方のいとこである医師・故工藤大介さんが釜石に赴任していた関係で、釜石に泊まりに来たとの事。
ひ孫の工藤歯科クリニックの先生方が建立した碑です。


大渡の八幡様にある、林芙美子を世に送り出した「長谷川時雨の文学碑」です。
釜石は長谷川の文学開眼の地となっています。
大渡川での思索から小説〜とあり、これを見て私はいつも自分のトンボ捕りに明け暮れた幼少期や高校時代にトンボを見ながら大渡川でテスト勉強した自分を思い出します。


石応禅寺の鐘つき堂の南側に「徳治の碑」と「聖観音銅像」があります。
石応禅寺や隣接の青葉児童公園に来られた方はぜひ曲がって見てください!。


只越町のはまゆりホール南側に汐立川が流れていますが、正面奥と右端にレンガ積みが見られます。
これは製鉄所の「一の橋」の橋脚の名残です。


定内町の釜石測量設計さん南側に「定内の一里塚」があります。
ここも国道より1本南側の道路にあり、松倉の甲子町宿駅から続くここがかつてのメインストリートだったようです。
ここは初めて知る場所でした。


「定内の一里塚」です。
南側は石積みで、祠もあります。


大平墓地公園の裏山から「女坂の一里塚」へ行って来ました。
嬉石町の女坂入口からも登れますが、墓地公園に車を置き、裏山を進むとドコモの鉄塔が立っています。
伐採された開けた道(写真)を南に進むと女坂の一里塚に通じています。


尾根を越えると、すぐ下に見えるのが「女坂の一里塚」(中央)です。
周辺の杉林が伐採され、水害で土砂が流出したらしく、ブルーシートが掛けられていました。


東西(左右)にこんもり盛られた山があり、その間を女坂の旧道があったようです。
松の大木も枯れていました。
女坂は嬉石からも、平田の火葬場方向からも登れるようですが、最短コースで墓地公園から来ました。
ここまで15分ほどの行程でした。
せっかくここまで写真を撮りに来たのですが、ブルーシートが残念でした。


女坂の一里塚の帰り道から見えるドコモの鉄塔と大平墓地公園方向の山。
このまま帰るつもりでしたが、「女坂の石の証文」もすぐ近くという事で、ドコモの鉄塔手前から女坂を嬉石方向へ下りました。
周辺は作業用林道も走っているので、探検心に火が付きます。


「女坂の石の証文」です。
歴史は疎いので写真だけ。
左の道が女坂の一里塚に通じる山道です。


国道45号線、両石町の水海トンネル真上に「葛西塚」があります。
車ではいつも通る道ですが、右手ののり面を登ってトンネル上へ。


水海トンネルの山の上には、ひっそりと「葛西塚」がありました。
ここも初めて来る場所でした。
白い木の標柱が折れていたので、うまく立てかけて撮りました。
撮影中、倒れないか心配でした。


浜町の避難道路東側起点に、「狐崎城址」があります。
歴史のほどはよく分かりませんが、この山の真下まで波が打ち寄せる城だったようです。
そっちの方が気になりました。

釜石の史跡めぐりは山の中も多く、ほとんどがクマの出没地です。
熊鈴やラジオなどは役に立ちませんので、周囲を見渡し、音を確かめ、ゆっくりお進みください。


トップページの写真は片岸川の紅葉滝です。
 滝は唐丹町の鍋倉にありますが、甲子町大畑団地から行くと近いです。
 滝に降りる時は斜面を下るので少々危険ですが、釜石でも大きな滝です。
 案内看板はありませんので、下調べの上。


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