手記
〜オーストラリア肝移植の旅〜
メグは、今21歳。おばあちゃん90歳、パパ50歳、ママ47歳。姉24歳5人家族です。
メグは、生後7ヶ月から肝臓が悪くて週に1度診察に来ています。
昭和59年メグが12歳の頃、主治医が病院を移動することになって、
生まれた時からの先生に付いて来ました。
平成6年3月23日入院。今年オーストラリアで肝臓移植手術をします。
入院するまでは、とても元気でよく眠れていたのに、今は寝不足の毎日です。
3月初めから徐々に「かゆみ」「黄疸」がひどく、3月18日深夜いつものことながら
ボリボリかきまくってて、その上寝不足だったので、イライラして泣きじゃくりました。
家族内でメグは、爆弾なんです。いつまた具合悪くなるか分からない。
21年間病気に悩まされ心配し、両親や祖母や姉は、さぞかし疲れたでしょう。
昨年パパは、心筋梗塞で入院し4回手術しました。
体がおっきくて、ちょっと神経質だけど健康そのものだったパパが急に小さく見えた。
家族がパパをどれだけ頼りにしてるかが分かった。
我が家は、とうとう薬漬けになっちゃった┐('〜`;)┌
ママは、高血圧で姉は胃が弱いんです。
メグの病気は、とても珍しく最高でも18歳の命だそうです・・・ちょっと待って?(°_。)?(。_°)?
メグは、すでに21歳。今、死んでも「長生きした方よね」って言われておしまい?
でも肝臓移植手術と言う方法で病気が克服出来ると聞きました。
もうすでに”良くなる悪くなる”の問題じゃなくて”生きる死ぬ”に関わって来てるんだと感じました。
そして、メグは”生きる”を選択しました。
このまま入退院を繰り返していても、良くならないのは現実、最終的には「死」かも・・・。
だってまだ21だもん、やりたいこと全部やってないし、キレイになりたい、恋したい!!!
メグの親戚で同じ病気の子が17歳という若さで亡くなりました。
その時「次は、メグかも?」と思いました。でもメグは、彼女の分まで生きなくちゃいけないって思いました。
移植についての不安は、すごくある。決意した日からずっと不安だった・・・もちろん今だって。
生後7ヶ月の頃、手術してドコが悪いのか調べたことあった。
でも何も分からない時だったからこそ、良かったと思う。
何でも分かる今だと、怖い。分からないフリをしたいくらい怖い。
だけど、喉から手が出るほど欲しい「健康」
一生に一度たった1つ願い事を叶えてくれるとしたら「健康にして下さい」って言うだろう。
その願い事が叶うのなら、苦しみも耐えてみせます。
生まれた時から、健康な人の人生ってどんなだろう?って思った。
4月11日肝臓移植手術の方法と概要を聞きに入院してる病院の主治医と移植専門病院へ。
その先生は、淡々と事細かに話して下さった。
手術をすれば再発の心配は、ないらしい。が薬を一生飲み続ける・・・コレは仕方ないね。
社会復帰は生存者の90%が達成しているとのこと。
「生存者」かぁ・・・メグは・・・どっ・・ち?
人間は、外から入ってくる物を自然と除外するように出来ている。
今の場合、外から入って来る物と言うのは、新しい臓器のこと。
移植したら体内に侵入者が入ってきたので体は拒絶反応を示す。
その反応を抑えるのが免疫抑制剤の薬なのだ。
手術にも2種類があって、肝臓を丸ごと全部取り除き、
新しい肝臓を移植するのが全肝移植(同所性)。
そして今ある肝臓に新しい肝臓をくっつける部分肝移植(異所性)。
これは、今ある肝臓の手伝いをする補助的なもので、肝臓は増殖するから、
悪い肝臓に良い肝臓をくっつけると良い肝臓が悪い肝臓を食べてくれて良い肝臓にしてくれるのだ。
メグの場合、前者の全肝移植。今一番、頭にチラついてるのは、術後のキズ・・・。
すごく大きな傷だって。せっかく女の子に生まれて来たんだからビキニを着たかったな〜。
現在6月20日・・・まだ入院してます。今日、パスポート申請して来ました。
黄疸がすごく強いからパスポートの写真、白黒にしました(^-^;
6月28日にパスポート出来ます♪
相変わらず黄疸も強いし、かゆみもヒドイ。掻いても掻いてもスッキリしなくて腹が立つ。
行き場のない苛立ち・・・泣けてくる。でもこれが、現実。目を背けられない事実。
日本では肝臓移植手術って特別視されているけど、オーストラリアでは、普通のこと。
日常茶飯事のことらしい・・・すごいなぁ!!!
オーストラリアへ行ったらポケベル持たされて呼ばれるまで遊んでていいんだって。
ドナーが現れたらポケベルが鳴るから病院へ行くんだって。
観光ついでに移植したって思うことにしよう♪手術なんて麻酔かけられたらアッと言う間だよね。
7月30日オーストラリア行きの準備のため、長い入院生活にピリオド。
先生、看護婦さん・・・入院中、脱走したり(笑)カラオケ行ったり・・・
わがまま放題のメグでごめんなさいm(__)m
8月19日久しぶりに移植専門病院の診察。肝臓の周辺が硬い気がしてエコーしてもらった。
そしたら肝臓が飛び出てる?って言われました。手術には、直接関係ないそうで、良かった。
診察にほぼ1日かかったのですごく疲れて、どこも冷房が効いてて帰宅してから寒気がして
熱が出てました。時間がたつにつれて夜中0時には39℃!!!
その熱が朝まで続き、20日は朝まで寝られなかったせいかずっと寝てました。
昼には36.7℃に下がり、やっと落ち着きました。
前は、熱なんてめったに出さなかったのに・・・メグの体、どうなっちゃうの?
8月11〜18日までママの実家、宮城県に行ってきました。
日中は、東京より涼しいけど、クーラーがなくて、寝苦しかった。
暑くて、かゆくて、辛くて・・・今までガマンしてた気持ち泣きながら訴えてしまいました。
親も一生懸命考えて悩んでくれてるの分かっているのに・・・耐え切れずに・・・。
ママの実家にいることすら忘れ、21歳のメグじゃなく、
言うことを聞かない子供のように泣きじゃくり「どうしてなの・・・」と。
訳も分からず、泣き叫び暴れるメグを見てママは黙ってた。
ママの妹は、必死でメグを抱きしめ、一緒に泣いてた。「分かった、もう分かったから」と・・・。
「このまま入院してても治らないんだ」と主治医から聞かされた時、病院から家に電話した。
その時も泣きながら「生きていたいよ」って言ったんだっけ。
9月5日やっとオーストラリアから受け入れの手紙が届きました。
6日ママが移植専門病院へ受け入れの手紙をもらいに行って来てくれました。
7日は、パスポート持ってオーストラリア大使館に医療ビザ申請。6ヶ月滞在可。
9日航空券も予約しました。9月14日PM8:30成田発カンタス航空QF060便。
9月12日夜、前から腹水は溜まっていたけど、寝返りも打てないし息するのも困難なほど
苦しくなりました・・・。運悪くこの日は日曜日で救急病院ではないため、診てもらえず
指示を仰ぎながら月曜日まで待ちました。とても長かった・・・。
13日朝一番で病院へ行き、即緊急入院。もう自分の足で立つことすら出来なかった。
オーストラリアへ行くまで体調が整えばいいけどなぁ。
応急処置をして、とりあえず、現状維持。
14日家族に荷造りをお願いして、メグは、入院してる病院から、搬送車で成田空港へ。
日本の先生方・・・どうもありがとう。とりあえず、頑張ってくるね・・・。
出来ない約束なら、しない方がいい・・・だから約束は、しない。行って来るね。