葬式【訣別にて】
時がしずかに流れてゆくのを感じる
得体の知れぬ安堵にとりつかれ
遺影の顔をさらしたまま
私はこのまま死んでゆくのか
疲れた顔をしてぎこちなくさまよう家族
遠方より訪れし黒服の友人たち
ひそひそと話す声は風のささやきに聞こえる
私はここに横たわりあなた達を感じている
ああ 悲しきや 悲しきや
この命ここに果てゆくは悲しきや
何事も成せず果たせず
生きた証のどこにも見いだされずとは悲しきや
このわが命に大義なし
何がため生まれてきたかの理由も知らず
ただ世渡りにおろおろし
日暮らし 時に流され今に行き着く
若き日の夢や希望はどこへ行ッた!?
あらゆる世界を駆けめぐる熱き情熱はどこへ行ッた!?
こころ打ち震える柔らかな恋情(トキメキ)はどこへ行ッた!?
理不尽に立ち向かうあの危なっかしい正義心はどこへ行ッた!?
年を経て小さき民の一人となり
仕事に通い家庭を築き子を育て
日々の小事に一喜一憂くり返し
私は善良の仮面を心地よく身につける「いい人」になった
かつて矛盾や不条理を知るたびに得も言われぬ怒りをおぼえ
悔しがっては独り壁に向かって毒づいた 拳を力強く握りしめた
私の純情(うぶ)な心が大切にするものは汚く踏みつけにされた
私はそれがどういうことなのかを理解しようとして苦しんだ
何かを求めようとすれば多くの現実に行く手をさえぎられ
より高きをねがう情熱はつねに妥協や諦めへと追い込まれた
赤々と燃えさかる岩石はいつしか希望なき砂つぶへと砕け散り
仕方ない仕方ないとなだめては自分の無力を唇にかみしめた
善悪正邪入り乱れ多くの価値観混沌としたこの世の中で
多くの大きな力の争いに巻き込まれ右へも左へも行った
まっすぐな自分を保てなくなり自分をすり替えごまかした
貫けぬ自分を恨んでは己が腰弱き根性なしに歯ぎしりした
はては人間性も仕事の出来も誰にもまともに愛されず
せめては少しでも報われようと卑屈にも卑怯にもなった
世の中の塵芥(ちりあくた)にまぎれまみれ手と足と顔は汚れた
自分で自分がわからないまま流れに流されされるがままに浮沈した
それはかつて自分が心底いやだと感じた大人の姿だった
疲労は骨にたまり体はギシギシと悲鳴をあげた
若き才能たちの伸び伸びとした思考や肢体に嫉妬した
血と汗と涙を流して色々なものと衝突し 夢は終わった
ああ あついあつい炎に焼かれ
灰と化した私の肌は何を思う
それはひらひら宙を舞って地に落ちて
道路(みち)のアスファルトになじんでゆく
無念を思う心 ぽつりぽつりと池に降る雨のごとし
ままならぬこの世をはかなんで目を閉じれば
何であの時あんな事をといくつもの後悔が波紋を重ね
抗しきれぬ悔しさ悲しさとなってくりかえし私を責め立てる
許しておくれ 許しておくれ それが私の限界だった
詫びるこの期に及んでも でも自分はとこの我の強き自尊心
曲がらぬ膝を折り曲げて 己を捨てて人に自分を詫びられるなら
この欲深き本性に これほどまでも苦しむことなどなかったものを
そんなだからこうだった すべては必然の出来事だった
わが断ち切れぬ輪廻を憂い ほとほと自分に困りはて
ただひたすらに平たくなって 助けて欲しいと祈るなか
いつしか秘密に閉じこめていた 心の奥の原風景へと帰りゆく
声が聞こえる あの声だ あの顔だ
おぼえているよ あなたのことを
あの日 あのとき あの場所で 私たちは本当に楽しかった
あのときのあなたの笑顔は 本当にほんとうに美しかった
やわらかい夕日を浴びながら
私は家の前でしゃがみこむ小さな子供になっている
すべてのなつかしい匂いを思い出し
すべての時間はここに取り戻される
思い出すよ …楽しかったなあ …あんな時があったなあ
しずかに満ちてくる光の中 たくさんの過去はたくさんの花となって咲き
やさしく吹く風の中に揺らめいては 私にさよならとほほ笑みかけてくる
さあお別れだ もうここを去ろう 私は新しい世界へと 旅立って行こう
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