「雨中散歩」(別題「存在」)


          蒸し暑いある八月の昼下がり
          ひどい息苦しさを感じて目を覚ませば
          閉め切った部屋の窓ガラスには雨の足跡がつきはじめ
               曇天の空には陰鬱な光がくぐもっていた

          泥のようなけだるさを引きずって窓辺に立ち
          しばらくの間私はまるで亡霊のごとくに
          降りしきる雨を見つめていた
          飴色に染まる外の風景を見つめていた

          いろんな夢を見ていた いろんなことを考えていた
          自分がどうしてここにいるのか 自分がいったい何者なのか
          自分は何をしているのか 自分は何を生きているのか
          まだ答えは出ていない まだなんにも答えられない

          (そんなに泣かなくたっていいじゃない)

          さめざめと降る涙雨に誘われて
          私は久しぶりに外へ歩きに出ていってみよう
          私はこの雨降りの静かな午後に
          独り街路をさまよいながらいろんな思いに耽るのだ

          心はかつてのごとくときめいてはくれなくなった
          生活・仕事に追い立てられて無感覚になってしまった部分もある
          私の服や靴は色あせて私はこんなにもみすぼらしい
          ボロ傘にあいた穴からは雨が私の首筋にまで入ってくる

          (そんなに泣かなくたっていいじゃない)

          私はあちらこちらでいろんなことを思い出す
          昔の友人や先生のこと 学校のこと 家族のこと
          むかし持っていた自分の気性や感覚や感性のこと
          建設的な夢や無謀だった願望 いけない考えやふざけた遊び 

          いろんな声が聞こえてくる いろんな顔が見えてくる
          今どこで何をやっているのだろう
          そうだ もう会えない人もいる
          私はここでこんなことをしているよ

          (そんなに泣かなくたっていいじゃない)

          もう私はそんなに突っ張らなくていい
          むやみに否定し自分を追い込まなくていい
          誰かが誰かに言ったっけ
          泣いちゃったっていいんだよって

          みんな独りなんだと言って
          独りでいることにせつなくなって
          雨の中でしゃがみ込んで泣いてたこともあったっけ
          誰かに声かけられることを期待しながら

          そんな自分もあったっけ あんな自分もあったっけ
          みんなそんなに意地を張り いがみ合ってることはない
          みんながみんな和解して ひとりの私になればいい
          今の私は昔の私と 同じひとりの人間なのだ

          雨の中 私は小さな子供のようにびちゃびちゃになって歩いている
          良い考えやまともな結論が出なくたってかまわない
          私はあちこちの街角の散歩を楽しみ
          気の向くまま 降り止んだ雨と一緒にどこかへ出かけて行こう


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